1164話 桜3月大阪散歩2018 第18回


 3回のカレー


 去年の大阪では、100年を超える老舗自由軒に行き、船場カレーや上等カレーも食べているので、今回はカレーはやめようと思っていたのだが、ひょんなことから3回食べることになった。
 1回目は大阪到着当日の昼だった。空港で昼飯を食べてもつまらないので、すぐさま大阪市内に出た。昼飯の場所を探す目的もあって新世界を抜けて散歩したのだが、適当な店が見つからない。胃袋に焦りが出てくる。そういう状況になると、井之頭五郎孤独のグルメ)が、「ああ、腹が減った」と、呆然と立ち尽くすシーンが頭に浮かぶ。こうなると、どの店がいいかということよりも、すぐさま腹を満たしたいという気になってくる。
 住宅地に入ってしまった。これは困ったと思っていると、東京風に言えば、そば屋があった。そばマニアが列を作るような店ではなく、町のどこにでもある小汚い食堂である。東京にはないメニューでもあるかもしれないと思い、店に入った。8席くらいのカウンターだけの店で、2席空いていた。ここで、カツ丼や親子丼ではおもしろくないので、いままで一度も食べたことがないカレー丼を注文した。店で働いているのは3人。老人と、息子夫婦というより娘夫婦という感じだ。カツ丼のカツが2枚というのはすごい。カレー丼は、カレーうどんのうどんがご飯に代わったというだけの味で、ダシの香りが強く片栗粉のとろみが味気なかった。私は「そば屋のカレーライス」のようなものを想像していたのだが、このカレー丼はカツ丼の豪華さに比べると、迫力不足がまるで足らないカツ2枚と薄切り牛肉少量&ネギのカレーでは勝負にならない。
 カレー丼は私の期待値に届かなかったが、この店の気遣いに感動していた。古くからある住宅地の食堂だから、常連客が多い。店主の娘(ということにしておく。息子の嫁という雰囲気ではない)が客と世間話をしつつ、客の好みや最近食べたメニューを考えて、「こういうの、どう?」と、いわゆる裏メニューを提案したり、歯が悪い客には、材料を細かく切って料理するように指示している。そういうあたたかい空気に包まれている。「大阪美食巡り」をやろうという気はまったくないので、こまかな料理の味などどうでもいいのだ。
 2度目のカレーは、国立民族学博物館(民博)だ。民博の二大欠点というのがあって、一つは有料の万博記念公園に入らないと、民博に行けないことだ。もう一つの欠点は、飯が高くてまずいということだ。この点に関しては、石毛直道館長(当時)に直接言ったことがあるのだが、是正するのは難しいのだ。
 民博が街なかにあれば、その辺の食堂に行くとかコンビニで何か買うということが可能だし、逆に食堂を目的に客が来ることも可能なのだが、周囲が公園ではうまい対応策がない。有料の公園のなかの国立博物館の食堂だから、「うまく」とか「安く」といった工夫をしなくてもやっていけるのだ。
 公園の売店併設の食堂でうどんを食べたことがあるが、スーパーの大安売り袋入りうどんの投げ売りをしたようなうどんだった。大阪のうどんの最低線を体験したようだ。これでは、民博食堂のライバルにはなれない。
 民博の食堂が高くてまずいという記憶は、体にしっかりと染み込んでいる痛手なのだが、午後も民博で過ごすことにしたのだから、しかたがない。食堂に行ってみると、カレースペシャルをやっている。スリランカカンボジアのカレーセット1480円。カンボジアカレーと称するものは、デザートのように甘い。幼稚園児にも食べられるカレーにすると、換骨奪胎、目黒のサンマ化して、こういうみじめな姿になる。

 カレーセットのひとつ。向こうに見えるのが、職員食堂。

 左の黄色いのが「カンボジアカレー」のつもりらしい。飯にナン、タンドリチキンのつもりなのだろうが、残念な味だった。

 今回の大阪3度目のカレーは、梅田の阪急三番街に行ったせいだ。ここの北館地下に巨大なフードコートができたばかりという時期に、たまたまここに来てしまい、ウロウロした。全国によくあるスーパーマーケットのフードコートよりも数段高級化している。どこかの店で食べようかと考えたのだが、大変な混雑で、とても一人では利用しにくい。誰か席を取っておいてくれる人がいないと、いつまでも料理をのせた盆を持って席探しをやっていることになる。
 そのうちに私の胃袋は井之頭五郎になってしまい、すぐさまどこかで食べたくなった。何でもいいとは思わないが、すぐに食べたい。オープンしたばかりのフードコートを抜けて、飲食店が並ぶ名店街に出た。カレーの店を見つけた。大阪の本を読んでいて記憶していた「インデアン・カレー」という店だ。席がある。注文した。食べた。そういう10分間。皿が大きく、ご飯が多いというのが特徴だ。ご飯とカレーの量のバランスがひどく悪い、飯の量に比べてカレーの量がとても少ないというのが、この店に限らず日本のカレー店の悪しき伝統である。例外が、大阪の船場カレーである。

 座れそうもない大混雑なので、フードコートを抜けて・・・

 名前だけは記憶に残っていたカレー屋に入った。インデアンカレーの店頭。

 インデアン・カレーは、大阪のカレー好きなら知らない人はいないという有名店で、以下のHPがあるのだが、よくわからない。
http://www.indiancurry.jp/index.html
「カレーの作り方をインド人に教えてもらい、1947年開店」というのだが、インド料理とはほど遠い姿で、食糧難の時代にカレー専門店を出すことができた秘密はどこにあるのだろうか。コメもスパイスも油もなかなか手に入らない時代だ。在日インド人からスパイスを手に入れたとしたら、在日インド人の歴史も知りたくなった。
 環状線森ノ宮駅近くを歩いていたら、前方に、いかにも「流行りのカレー専門店でございます」という感じの店が見えてきて、ガラスケースに、凝りに凝った野菜カレー各種の見本がある。ちょうどそこに若いカップルがやって来て、「ここ、おいしいいいかなあ」と彼女が言えば、「オレ、こういうんじゃなくて、普通のカレーがええなあ」と彼氏。喝采を送りたくなった。昨今、ラーメンの真似をして、やたらにいじりまくった高いカレーが登場し、マスコミがおもしろがって追いかけているが、「ケッ!」という思いで眺めている。「普通がいい」という若者に、賛同の拍手を贈る。

 私の好みは、こういうカレーか、インドそのまままのインド料理。スープカレーだの薬膳カレーだの、アイデアカレーは要らない。