1166話 桜3月大阪散歩2018 第20回


 味噌汁のことなど


 卵焼きのことは、もういいとして、これからは、ただ単に食事をするために定食屋に行くことにした。その夜の気分はサバ塩焼き定食だった。サバに期待したが、ウチの近所のスーパーで売っているようなパサパサのサバだった。期せずして、小鉢に卵焼きがあった。やはり甘くない。
 じつは定食を食べる前に気になったのは、盆にのせられた食器の位置だ。毎度おなじみ「ケンミンSHOW」で、大阪式配置情報を得ていたので気がついたのだ。私の常識では、左に飯茶碗、その右手に汁椀という配置になるのだが、大阪ではときどきこのように、茶碗の向こうに汁椀が置かれるというテレビで得た知識が、そのままの姿で登場したことに感心していたのだ。なるほど。このほうが食べやすいと考える大阪人が多いらしい。ただし、大阪の定食がすべてこのように配置されるわけではない。

 ある定食チェーン店のサバ塩焼き定食。味噌汁が飯の向こうに置いてある。670円。

 翌日、平野区に行った。古い大阪が残っているという情報だったが、とくにおもしろそうな地区も見当たらず、食べたくなる店も見つからず、さて、昼飯はどうしたものかと考えていて、ふと、市場に行こうとひらめいた。大阪中央卸売市場の食堂に行こうというアイデアがひらめいた。地図を取り出しルートを検討した。最寄り駅は大阪臨海線玉川駅大阪環状線野田駅(いずれも福島区)だが、ちょっと遊んでみたくなり、環状線西九条駅此花区)で降りて、安治川沿いに歩いて行こうと考えた。大阪の地理に疎い人に東京で例えれば、江戸川区を散歩していて、昼飯を食べに渋谷に行くようなものだ。
 中央卸売市場に行くルートはいくらでも考えられるが、地下鉄谷町線天王寺に出て、環状線で西九条に行くことにした。なるべく地下鉄を使わない移動方法だ。
すぐ近くの地下鉄駅に向かったのだが、看板を見て驚いた。「喜連爪破駅」とは、なんだ。読めないぞ。「きれうりわり」と読む。調べれば、大阪難読駅名のひとつらしい。駅周辺の地名、喜連(きれ)と爪破(うりわり)を合体して駅名にしたのがその由来だ。
 その難読駅で電車を待つ間、大阪の川の流れを手元の地図で追った。琵琶湖を流れ出た水流は瀬田川と呼ばれ、京都で宇治川となり、桂川と合流して大阪で淀川となる。淀川は北区あたりで、淀川と大川(旧淀川)に分かれ、大川は南下して西行し、中洲で二分される。北を堂島川、南を土佐堀川となる。ふたつに分かれた川はいったんは合流するものの、西に向かう安治川と、南下する木津川になり大正区方面に流れる。宮本輝の『泥の河』は安治川の河口が舞台だ。大阪が川の街であることを実感するには、とにかく歩くしかない。資料を読みながら歩けば、散歩はもっと楽しくなる。大坂の川と橋。次回の散歩のテーマが浮かんだ。


 大阪を散歩すれば、必ず川に出合い、橋を渡る。川面と川のある大阪を眺めて、しばしの休息。

 大阪中央卸売市場の食堂は、自分で好きなおかずを選んで構成するスタイルで、家庭料理により近い。汁は、味噌汁かトン汁の選択があり、私は味噌汁を頼んだ。そして、出てきた味噌汁を見て、少々驚いた。赤だしのような色なのだ。関西の味噌汁がすべて白味噌だとは思っていないが、考えてみれば、大阪に来てまだ一度も白味噌の味噌汁を飲んだことがない。湧き上がってきた味噌汁問題を解決したくなった。
「大阪の味噌汁は白味噌だと思っていたんですが・・・」と、店のおばちゃんに言うと、「いつも白味噌ってことはないですよ。そのお味噌汁は合わせ味噌です」。
合わせ味噌は、色でいえば濃い味噌の勝ちになることは体験的によく知っている。白味噌と田舎味噌や赤だしなど濃い色の味噌を合わせると、濃い色の味噌とほとんど変わらない色になる。
 私は、丸餅を白味噌でという関西の雑煮が苦手で、関西ではああいう白味噌の味噌汁を日常的に飲んでいるのかと思ったが、個々の家庭の好みもあるだろうが、白味噌一辺倒ではないことがわかった。これは醤油も同じで、関西ではどういう料理に対しても薄口醤油を使うというわけではなく、料理によって使い分けている。味噌も同じことらしい。こういう基礎的なことは、よそ者にはわかりにくいのだ。

 味噌汁はこの色。私が想像していた「大阪の味噌汁」の色ではなかった。私が注文したおかずは、ナスの揚げびたし、小松菜と厚揚げの煮物、ニシンの煮物。厚揚げと煮た野菜が、ゴボウの若菜かと思ってちょっと喜んだが、小松菜でした。料理はバラバラに持ってくるので、味噌汁は自分でこの位置に置いた。

 上のおかずでは足りなかったので、野菜煮込み盛り合わせを頼んだ。こういう食べ方をすると、街でカツ丼を食べたほうがはるかに安くなる。食文化調査という目的がなければ、外食で家庭料理を食べることはない。