1173話 大学講師物語  その2

 大学の教員


 大学の教員のことは、大卒者でもあまり知らないかもしれない。
 大学の教員は、教授、准教授(以前は助教授といった)、講師のほかいろいろあるが、説明が面倒なのでここでは助教や助手などについては触れない。
 まずは講師から説明すると、講師は大学によって名称が違うが、常勤と非常勤、あるいは専任と兼任に分かれる。常勤や専任というのは、会社でいえば正社員である。いくつもの授業を担当し、学内の雑事もこなし、研究会などの雑用もこなす。「正社員」だから、一応、生活できるだけの給料が支払われる。一方、兼任や非常勤というのは、パート勤務である。大学によって違うが、1科目だけ担当する教員で、私の場合1年契約の「パート勤務」というのが正しい肩書である。そう、私はパートのおっちゃんである。
 教授や准教授には、はっきりと決まった職制があり、教授なら教授会出席の権利がある。わかりにくいのは特任教授、特命教授、客員教授、特別招聘教授などである。教授や准教授は専任講師同様、会社でいえば正社員で、教授はいわば取締役なのだが、特任教授など「教授」の前に何か説明の語がついている教師は、身分的には非常勤講師と同じである。外務官僚を招いて「日米関係」の授業をしてもらったり、銀行の頭取を招いて「国際金融論」の授業をしてもらったり、あるいは有名芸能人に授業を依頼するといった場合、「非常勤講師」という肩書では大物に対して失礼だろうという配慮で作った「なんちゃって教授」が、特任教授ほかの名称である。とにかく「教授」という名称がついていれば、薄給でもやる人は少なくない。
 これらなんちゃって教授は、大学の広告塔の意味もあるから、待遇は大学によって、その人物の知名度などによって大きく違うらしい。個室を用意し、世話役のアシスタントを置き、専用駐車場を用意するとか、さまざまなオプションがあるらしい。有名芸能人だと、夏休みなどにちょっと講演会程度の話をする「授業」でも、「教授」として破格の謝礼が支払われているのかもしれないが、私にはまったく縁がないので、詳しい事情はまったく知らない。
 2004年秋、私を立教に招くことを決めた稲垣教授と池袋校舎で会い、簡単な打ち合わせをし、書類に必要事項を記入した。夏は航空運賃が高くなるから、その時期には旅行しないことにする。授業は4〜9月の春学期にすることに決めた。
稲垣さんと公開講座の時に会うまで、立教大学とも稲垣さんともまったく縁がなかった。ちなみに、私は池袋生まれだが、東京で魅力のない代表的な街が池袋だから、遊びに行くこともなかった。池袋のジュンク堂に行くようになったのは、講師になってからだ。
 不思議と言えば不思議なのだが、どういう科目を担当するのかまったく気にしていなかった。稲垣さんはすでに私の本を何冊か読んでいるようで、私に「ホテル経営」とか「観光学概論」といった授業を依頼するわけはない。私の守備範囲内の授業なのだろうと想像していた。詳しい授業の話はまったくしなかったことに気がついたのは、打ち合わせを終えて帰宅してからだ。何の授業をやるのか知らずに、確認もせず、「授業をやります」と承諾してしまったのだ。ちゃらんぽらんの私も、さすがにちょっと心配になった。
 間もなく、大学から書類が届いた。シラバス(Syllabus)に記入せよということなのだが、シラバスなどという語をそもそも知らない。授業の目的や具体的な授業計画を書いて学生に示して、それによって学生は履修登録をするのである。教師1年生は覚えなくてはいけないことが多い。私が担当する科目は「トラベルジャーナリズム論」と書いてある。何のことがわからないまま、「まあ、適当でいいや」と記入し、2005年の4月から授業が始まった。