1190話 キャッシュカード大事件 前編


 カネを下ろそうと銀行に行った。自宅近くでも下ろせるが、通帳記入もしておきたいと思ったから、電車に乗って遠くの支店に行った。鄙で暮らしているから、ウチの近所に都市銀行の支店はないのだ。
 みずほ銀行に着いて、ATM機の前に立ち、左手に通帳と財布を握り、キャッシュカードを出そうとしたら・・・・・、カードがない! ホントかよ! そんなわけはない。キャッシュカードはずっと財布に入れてあるはずだ。ショルダーバッグのどこかにかるかもしれないとバッグの底をあさると、ATM機が「画面上に物をのせないでください」の表示が出し、よけいに慌てさせる。どんなに探しても、キャッシュカードは見つからない。誰かが財布からキャッシュカードだけ盗むとは考えられないから、自宅のどこかに置き忘れたのか。あるいは前回ATM機を使ったときに置き忘れたのか。盗まれたカードで、現金がすでに引き出されているかもしれないという不安があり、恐る恐る通帳記入をしたら、心当たりのない引き出しはなかったから、まずは安心。
 カネを下ろせないまま、また電車に乗って帰宅した。銀行類のカードが入っている袋にあの銀行のキャッシュカードも入っているが、それは以前使っていた変更前のものだ。ということは、やはり置き忘れか。通帳を調べてみれば、6月15日に引き出している。武蔵野線新座駅構内のコンビニNewDaysで引き出しているから、そこで取り忘れたのか、落としたのか。忘れ物か落とし物として、カードが届いてないかどうか、コンビニに電話してみた。
 「7月分以前の遺失物台帳は駅の方に提出するので、今すぐに調べがつきません。明日の午前中に調査結果をご連絡します」という実にていねいな対応をしてもらった。紛失したのがキャッシュカード単体だからまだいいが、クレジット機能付きだとえらく面倒なことになる。
 翌日午前、前日に私の電話を受けた店員から電話があった。「6月中旬にキャッシュカードが落とし物として届けられていますが、お客さまのカードはどちらの銀行ですか?」
 「みずほです」
 「はい」
 おお、あったか。よかった。これから電車に乗って受け取りに出かけるか。
 「こちらに届いているキャッシュカードもみずほのものですが、ただ、問題がありまして、カードの名義は女性名なんですが、お心当たりはありますか?」
 「いえ、まったく」
 「では、これじゃないですね」
 一瞬のぬか喜びのあと、すぐさま、銀行に行った。再発行の手続きだ。
 私が初めて銀行のキャッシュカードを持ったのは、コック時代だ。当時勤めていた銀座の店が、銀行との付き合いで全従業員がその銀行で口座を開設することになり、給料天引きで財形貯蓄もさせられることになった。だから私の口座は今も「銀座支店」にある。
 厨房の先輩たちはすでにカードを持っていて、暗証番号に関するアドバイスを受けた。
 「誕生日や自宅電話番号はやめろ」という基礎。
 「1111とか5555、1234なんていうのも、やめたほうがいい」
 「オレ、部屋の番号にしてたんだけど、その後何回か引っ越して暗証番号がわからなくなって、ATMでいろんな番号を押しているとカードが戻ってこなくてさ。大変なことになって・・・」
 そういうアドバイスを聞いたので、何の意味もない適当な番号にした。だから、困ったことが何回かあった。アフリカ方面に1年ほど旅をして帰国してすぐ、当面の生活費を引き出そうと銀行に行ったが、暗証番号を思い出せない。「これだったか・・」と入力すると、「暗証番号が違います」の表示がでて、別の番号を入れても、受け付けない。「3度やると危ない」と言われていたので、しかたなく帰宅したのだが、思いついただけの根拠のない番号だから調べようがない。コック時代の手帳に番号が控えてあったのだが、その手帳が見つからない。引き出しの中などを小1時間ほど探し、やっと手帳を見つけた。意味のない暗証番号にすると、こういう不便なことがある。
 私は数字が覚えられないタチだ。今年の4月のことだが、大学の図書館で利用カードの更新書類を書いて提出したら、「電話が変わったんですね」と言われたが、そんなことはないので、その書類をよく見たら、郵便番号を記入していた。記入欄を間違えたのではなく、郵便番号の4桁を電話番号として記入していたのだ。ああ。
 キャッシュカードを再発行したら、暗証番号が変わる。今度は覚えやすい番号にしよう。