1238話 プラハ 風がハープを奏でるように 47回

 乗り物の話 その1 マサリク駅 Praha Masarykovo nádraží 

 

 日本の大きな鉄道駅のJR線は、例えば東と西、南と北を結んでいる構造のものが多いが、ヨーロッパだと、歴史的に見れば駅は街のややはずれにあって、駅に入ってきた列車が逆向きで出発するスタイルが多い。こういう駅を鉄道用語で端頭駅(たんとうえき)という。石積みの中層建造物が立ち並ぶ街ができた後に鉄道の時代になったから、街なかを鉄道が走るスペースがない。だから、その街にやってきた鉄道は、そのまま線路を逆方向に進んで街を出るしかない。プラハの駅もこのスタイルだから、進行方向別に4つの駅があるのだ。

 チョコスロバキアの鉄道は、馬車鉄道や貨物専用鉄道などの時代を経て、旅客を運ぶ蒸気機関車時代に入る。現在、プラハには始発となる駅が4か所ある。市の北にあるプラハ・ホレショビツェ駅はワルシャワやブタペストなど旧東欧諸国を結ぶ鉄道の発着駅である。その南に、あとで詳しく説明するマサリク駅とプラハ中央駅があり、チェコの西部方面への列車が出るプラハ・スミーホフ駅がある。

 まずは、マサリク駅から調べてみるか。『世界旅行案内』(日本交通公社)の1977年版でプラハの地図を見ると、マサリク駅がある場所に「中央駅」と書いてある。これはどういうことだと調べ始めて、駅名の変遷がチェコ現代史だとわかった。

 1845年に、プラハ最初の旅客駅としてこの駅ができた。当時はまだオーストリアハンガリー二重帝国に支配される時代だったから、駅名はドイツ語でプラハを意味する”Prag”だった。つまり、たんに「プラハ駅」だったのだ。以後、ドイツ語名の時代がしばらく続く。1862年から1919年までドイツ語で“Prag Staatsbahnhof”(翻訳すれば「プラハ国立駅」)という駅だった。

 1918年に晴れてチェコスロバキアという独立国になったので、初代大統領トマーシュ・マサリク(1850~1937)の名にちなみ、「プラハ・マサリク駅」となるも、ナチス・ドイツの支配を受けた1940年から45年までは、駅のすぐ前の道路の名をとって「ヒベルンスカー駅」という名になった。ドイツは英雄の名を消したかったのだ。

 1945年に戦争が終わり、ドイツが去り、駅の名はふたたび「プラハ・マサリク駅」となったが、おそらくはソビエトの力が加わったのだろうが、ふたたび初代大統領の名を消されて、1953年から90年まで「プラハ・中央駅Praha střed」だった。そして、ビロード革命後の1990年から、三度「プラハ・マサリク駅」となった。

 私が好きな鋳鉄とガラスの建造部分は1862年に作られたというが、その後たびたび手が加えられている。

 この駅を初めて知ったのは、チェコに行く直前、NHKの「駅ピアノ」というミニ番組だった。駅に、誰でも自由に演奏できるピアノが置いてあり、その演奏にインタビューを加えた番組で、駅と同様にこのシリーズの「空港ピアノ」も放送された。9月に初めて見た後、その後何度も再放送され、私が知っている限りでもごく短い期間に5回以上は再放送されている。放送後すぐに現実のマサリク駅に行ってみると、構内のあの場所にピアノはない。通路だからじゃまになるよなあと思っていたら、奥の方でピアノの音が聞こえた。人目に触れにくい場所に、ピアノがあった。

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 この駅を初めて見たとき、マドリッドのサンミゲル市場を思い出した。私にとって、プラハの愛すべき建造物のひとつだ。

 

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 よく見ると、ふたつの建物の間に屋根をつけて、ホールを作ったことがわかる。

 

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 駅ピアノは、ここにはない

 

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 名誉あるプラハ最初の駅の食堂はケバブ屋だというのが、チェコの食文化事情を表している。

 

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 夜も、ちょっと立ち寄りたくなる駅だが・・・

 

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 場末の駅の風情があって、ちょっと物悲しい。

 

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 宿への帰路、よくこの通りを歩いた。そして、駅の前で立ち止まり、バッグからカメラを取り出した。

 

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 これが、私のプラハだ。