1248話 プラハ 風がハープを奏でるように 57回

 チェコの食文化 その1 家庭料理

 

 宿で会った旅行者たちとの雑談で、チェコの料理が話題にのぼったことは何度もある。思い返してみれば、「ひどくまずい!」と言った者はいなかったが、「とてもうまい!」と言った者もいなかった。もし、その場にフランス人やイタリア人や中国人の「自称食通」がいたら、チェコ料理に対して悪態をつくかもしれないが、私の印象は、「まあ、可もなく不可もなく、かな?」だった。チェコの料理に対して期待がないから、失望もなかった。タイ料理のように、「こいつはうまい!」もなければ、「こんな臭い草が食えるか!」という怒りもない。

 チェコで、「可もなく不可もなく」という料理を毎日食べていてふと気がついたのは、「家庭料理って、そういうもんだよな」ということだった。母が作る料理が、「毎日、感動的にうまかった」ということはまずないし、毎食「まずくて食えない」ということもない。家庭料理はそういうもので、それでいいし、それがいい。旅行者が口にする料理も、そういう家庭料理だから、「可もなく不可もなく」でいいのだとわかってきた。

 チェコスロバキアは東西に長く、地形的に大きな変化がないので、東半分のチェコも地域的な変化はあまりないようだ。周囲を外国に囲まれた内陸国だから、周辺の国の食文化と大きな違いもない。海がない国だから、海産物はほとんど口にしなかった歴史はわかる。要するに、ポーランドハンガリーなどと大差ない食文化なのだろうと想像がつく。食文化がドイツとも近いとすれば、朝と夜は、パンとチーズとハムやソーセージを食べ、昼だけは煮込みなど暖かい料理を食べるというのが伝統的な食生活だろうと想像がつく。

 チェコのレストランの料理を写真で紹介し、簡単な解説をつけたようなガイド類はいくつもあるが、チェコの食文化を解説したものはほとんどない。「朝日百科 世界の食べもの」(朝日新聞社)が日本語では唯一の資料だが、チェコの食文化がはっきりと見えてきたわけではない。チェコの食文化を教えてくれる日本語の数少ない文献は、『プラハの春は鯉の味』(北川幸子、日本貿易振興会、1997)だろう。著者がプラハに滞在したのは1995年3月から96年11月までなので、時代が大きく変わる瞬間の生き証人だということがよくわかる。そういう点でも、すばらしい滞在記だといえる。ちなみに、この書名は、日常、魚を食べる習慣がないチェコでは、春になると鯉を食べるという食習慣による。

 この『プラハの春は鯉の味』を読むと、私の想像は正しかったようだ。改めて書くと、チェコの日々の食事は、こういうことらしい。

  学校や会社は8時から、工場は6時から始まるので、チョコ人は早起きだ。朝食は、パンにハムやチーズを添えて、コーヒーか紅茶を飲む。昼は会社や工場の食堂で、スープに肉料理とパン。肉は牛肉よりも豚肉が好まれる。料理の味は、「油濃くて塩辛い」。夕食は朝食とあまり変わらず、火を使わない食事だというのが、この本の記述だ。つまり、朝夕は、食卓にナイフが一本あればいいという食事だ。

 私はおもにプラハでごく短期間過ごしたただの旅行者だから、家庭の食生活や農山村の食生活も知らないが、どうやら食堂の料理と家庭の料理に大きな違いはないらしい。

 どんな安宿でも、「朝飯付き」はありがたい。起きてすぐにコーヒーが飲めるのがうれしい。チョコ最初の朝飯は宿のものだったが、「ああ、これが、たぶん、チェコのパンだな」と気がついたのは、rohrikロフリークだった。オーストリア生まれのクロワッサンの仲間だが、こちらはパイ生地ではない。同じようなパンがチェコ近隣に多くあるように、「これぞ、チェコ独特」という料理は、多分ない。

 ロフリークはホットドッグ用のパンほどの大きさで、角突きと言いたくなるほど湾曲していることが多いが、まっすぐなのもある。多分、味は同じだろう。皮はちょっと固いが、パン自体は固くない。パサパサというのが最大の特徴で、ネット情報をいろいろ読むと、焼いてから時間がたつとてきめんにまずくなるようだ。

 口の水分を全部奪うようなパンで、味がない。甘く、ふかふかのパンが好きではない私との相性はいいのだが、味と香りに乏しいのが難点だ。パン屋では1本2K(10円)以下で買える安いパンだ。朝食が付かない宿では、私はそれよりもちょっと高い全粒粉や雑穀入りのパンを買っていた。

f:id:maekawa_kenichi:20190306094142j:plain チェコで最初に口にした食べ物。宿の朝食。このパンが多分ロフリークだろうが、角型ではない。パンとハムとバターとコーヒー。こういう朝食が好きだから、日本の旅館の朝食が苦手だ。

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 パンがもう1種類あるので、多分ライ麦いりのパンに、6Pチーズとジャムとリンゴ(酸っぱい)と、コーヒーをもう1杯。

 

 ガイドブックや旅行記などで、「これぞ、チェコのパン」と紹介されているパンは、次回に。