1258話 プラハ 風がハープを奏でるように 67回

 ティナと その2

 

 「さっきの子供の通学の話だけど、違うと思うんだ・・・」とティナが言った。話題がどんどん変わる世間話と、ティナに教えてもらうベルギーの話の2本立ての雑談会だから、話題がどんどん変わる。通学の話というのはこういうことだ。

 プラハの郊外にいたときの話だ。駅から帰宅する薄暮のころ、私の前を下校する小学校低学年くらいの女の子が歩いていた。道路をちゃんと渡れるかどうか心配だから彼女の脇に立ち、道路に飛び出さないように気を配った。その時に気がついたのは、「小学生の子を歩いて通学させるなどという危ないことをさせたら、親は責任を問われます。だから、日本で小学生が歩いて通学しているのを見てびっくりしたんです」という何人かの在日欧米人の発言だ。日本がいかに安全かという話の例なのだが、ということは、プラハは実に安全な街だということだ。

 食事中のティナに、そんな話をした。食事を終えて、洗い物をして、彼女はパソコンを取り出して、「さっきの子供の通学の話だけど・・・」と話し始めた。

 「これが、私の街」

 グーグルアースをモニターに出した。きのうはベルギー南部の俯瞰図を見たが、今度は家並みが見える。

 「これが、小学生時代に住んでいた家。小学校はここ。私は毎日この道を歩いて学校に通っていました。ベルギーだって、こういう小さな街なら小学生が歩いて通学しても安全ですよ」

 「ブリュッセルだと無理でも、小さな街なら小学生が歩いて通学するというわけか」

 「そうです」

 ティナは空撮映像をもっと拡大した。話だけならすぐには理解しにくいが、鮮明な画像だとわかりやすい。夏の、明るく輝いている昼間の住宅地だ。モニター上のカーソルがほんのちょっと移動した。ストリートビューの画面を、彼女と一緒に歩く。

 「ここが、今両親が住んでいる家。前の家のすぐ近くです。あっ、庭に、ほら、犬が見える! へ~、ストリートビューでウチの庭まで見えるんだ」

 新興住宅地というのが正しい表現だろう。端正な家が並び、その外側に畑と林が見える。解説付きでストリートビューを見ていると、彼女の案内でご近所を歩いているような不思議な気分になってくる。

 「あなたが住んでいる街も見せて」

 そういうので、ノートパソコンを手前に持ってきたが、キーボードが打てない。配列がまったく違うのだ。

 「そう、それ、フランス語用だから」

 パソコンなど機械全般に疎いが、日本には50音配列のキーボードがあることは知っているが現物を見たことはない。日本のこともよく知らないのだから、外国のキーボード事情などなおさら知らない。

 指1本で、私が住んでいる街の名をローマ字入力して、空撮映像を出した。

 「これが、アジアの街だ」

 ティナは母の故郷マダガスカルには行ったことがあるが、アジアはまったく知らない。ベルギーの住宅地と比べると、我が町の、なんと雑然としたことか。私は大都市の街なかで暮らしているわけではないが、空撮映像を見ると、「なんともせせこましい地域」で、息をひそめて生きていることがわかる。ティナが育った街の家々も、日本の郊外住宅と家そのものの大きさはほとんど変わらない。しかし、3軒分の敷地に1軒建っている感じだ。ベルギーのそういう街で生活したいかと問われれば、「眠くなりそうだな」と答えるしかないが、それは今では決して否定的表現ではない。若い時は、「そんな眠くなる街なんかうんざりだ」と思って、ヨーロッパを避けてアジアの雑踏に飛び出して行ったのだが、今なら「うとうとできるくらい静かな街なら、それはそれでいいじゃないか」となった。退屈な田舎は嫌いだが、のんびりできる小さな町はしだいに肌に合うようになってきた。

 バンコクのように、24時間いつもどこからでも、エンジン音が鳴り響いている街には、もううんざりしている。しかし、アジアの雑然とした街には、うまいものがいくらでもある。それが、旅行先選びの大問題だ。

 

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  チェコ南部、オーストリアとの国境近くのチェスキー・クロムロフは1日散歩をすれば充分だから、普通なら退屈するのだが、幸せなことにおもしろい旅行者と次々に出会い、毎日を楽しく過ごした。だから、話し相手がいないと、小さな町は退屈だ。

 

 一方、プラハ

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 プラハの人口は128万人。毎日楽しく散歩をするには、これくらいがちょうどいい。総じて、アジアの街は大きすぎる。渋滞は要らない。トラムは欲しい。