映画を見る その3
言語学者黒田龍之介の『物語を忘れた外国語』(新潮社、2018)のなかに、「外国語・シネマ・パラダイス」という章がある。「日本にいて外国語に触れたくなったとき、わたしは本を読むか、映画を観る」と書いている。ある言語が使われている現場が、映画なら目と耳で触れられるというのだ。
私が旅先でできるだけその国で作った映画を見るのは、その国ではどんな映画を作っているのか知りたいからであり、旅行者が見ることができない日々の衣食住を見せてくれるからで、例え言葉がわからず、ストーリーを追えなくても、卓上にどういう調味料があるかとか、家の中ではどんな履物を履いているのかとか、映画の筋とはまったく関係なしに映画を楽しめる。旅先だと、わかりにくい映画でも集中力が持続する。
黒田氏の話は続く。今では韓国ドラマが日本で多く紹介されるようになり、韓国語に触れる機会は増えたのだが、現実はこうだと書く。
「だが、残念ながら、この韓流ドラマがわたしの好みではないのである。若い美男美女による単純明快なラブストーリー。わたしも少しはつき合ったことがあり、例えばチェコ共和国の首都プラハを舞台にした韓流ドラマは部分的に観たのだが。ツッコミどころ満載で爆笑はしたものの、熱中する気にはなれなかった」
韓国のドラマが気に入らないなら、映画を見ればいいのだ。いい映画は、日本にいてもいくらでも見ることができる。それはともかく、幸か不幸か、このエッセイを読む前に、私はその韓流ドラマ全巻を買って、見てしまったのだ。「プラハの恋人」だ。
私はベタなドラマは好きではないので、このドラマの内容が気に入ってDVDを全巻買ったわけではない。大統領の娘や財閥の御曹司が出てくるドラマが、私の気に入るわけはない。だから、私がDVDを買った理由は、2005年撮影当時のプラハと、チェコと韓国人の関係を見てみたかったのだ。モノズキダネ。
プラハの街は何百年も前から変わらないから、ドラマ撮影時から現在までの14年間の変化は、まあ、看板くらいか。このドラマを見ると、2005年という時代にチェコにいた韓国人は、大統領の娘で在プラハ韓国大使館職員、その恋人の財閥の御曹司。音楽留学している娘と休暇をとって彼女に会いに来た韓国の警官の4人が中心となり、プラハの韓国人学校の子供たちも登場する。下っ端の警察官だけは旅行費用の説明がつかないのだが、ほかの3人はチェコに来ることができる環境にある。2005年は、チェコに大勢の韓国人観光客がやって来るにはまだ早いのだ。そこでチェコと韓国の両政府の、観光や貿易や企業誘致などの思惑があってこのドラマが生まれたのかもしれないと想像する。このドラマは、韓国人用のプラハ観光映画であり、チェコ共和国の広報映画として企画された可能性は高い。
チェコ旅行どころか、海外旅行そのものも、ドラマ制作スタッフになじみがないせいか、警官も御曹司も、プラハに着いた時の荷物は、小さな手荷物だけなのだ。韓国人スタッフも、それを不自然とは気がつかない時代だったのだろう。手ぶらで海外旅行と言えば、イ・ビョンホンの「エターナル」(2017)がある。この映画、オーストラリアに着いた男はなぜ荷物を持っていないのだ? というあたりから謎がわいてくる。
「プラハの恋人」について語ることは、ふたつ。このドラマで注目を集めたキム・ジュヒョクは、2017年に交通事故で亡くなっている。このドラマに出ていた若い時代、「誰かに似ているなあ」と気になっていて、あっ、京大芸人の宇治原史規だと思った。ネット情報では、私と同意見の人が多いが、40歳を超えると違う顔になっている。
大統領の娘役のチョン・ドヨンは、特に好きというわけではないが、出演作は割と見ている。「接続 ザ・コンタクト」(1997)、「ユア・マイ・サンシャイン」(2005)、「シークレット・サンシャイン」(2007)ほか。最近のドラマでは、日本では常盤貴子がやった「グッド・ワイフ」の韓国版の主演をやった。チョン・ドヨンを知る人には当然という判断だろうが、常盤貴子より数段上の演技だった。