1265話 プラハ 風がハープを奏でるように 74回

 グランドホテル

 

 昼前に、チェコ南部のチェスケー・ブディエヨビツェに着いた。Budějoviceという地名は、アメリカでBadweiserというビールの名前になった。ビールの街だが、酒を飲まない私にはどうでもいいことだ。

 駅前のホテルに行って空き部屋を確認した。部屋はあるがチェックインは午後2時なので、荷物を置かせてもらってバスターミナルに戻った。プラハ行きのバスの運行スケジュールを確認し、キップも買ってしまおうと思ったのだが、発券窓口が見つからない。今まで行ったどこの国でも、バスターミナルには行く先別やバス会社別に窓口があって、そこでキップを買っていたのだが、ここにはそういう窓口が見つからない。

 窓口を自力で発見するのは不可能だと思い、ショッピングセンター&バスターミナルの1階にある観光案内所に行った。そこで意外な事実を知った。バスターミナルには発券所はないのだ。ターミナルから離れたところにある旅行代理店で買うのだという。バスのキップはスマホで買うのが常識だから、窓口を廃止したのだろうか。私のような時代遅れの旅行者が、旅行代理店でキップを買うということらしい。

 バスのキップを買って、昼飯を食べ、ホテルに戻ってチェックインをしようとしたら、「部屋はありません。満室です」という。「部屋があるというから、荷物を預けたんじゃないか」と何度いっても、「とにかく、部屋はないんです」の一点張りだ。満室だというのを忘れていたのか、誰かが私の部屋を横取りしたのかわからないが、とにかく部屋はない。ケンカをしてもラチがあかない。

 荷物を持って、ふたたび観光案内所に戻る。案内所が大変親切だということはすでにわかっている。すばらしいスタッフがそろっている。英語が充分に通じ、愛想がよく、気が利く。事情を説明し、2泊分の部屋を探してもらった。スマホを持っていれば自分でできることだが、地元の専門家にタダで探してもらう方が確実だ。

 「今週末に大きな会議があって、ホテルは満室のところが多いんですが・・・・、あっ、ここはありますね。145ユーロですが、予約しますか?」

 外国人に便利なように、ホテル代はユーロで説明することがあるのだが、2万円の部屋に泊まる予算はない。そんな高い部屋しかないなら、今すぐバスでプラハに向かう。

 「安い宿を。とにかく安いところをお願いします」

 スタッフは微笑みを絶やさず、パソコンに向かう。

 「グランドホテルなら、部屋はありますね」

 「グランド? 高いでしょ!」

 「ここのグランドホテルは、じつは『グランド』じゃないんですよ、45ユーロです。ただし、クレジットカードは使えません。現金払いです」

 その料金は、マドリッドやローマの安ホテルと同額だから、問題ない。

 「はい、そこを予約してください。2泊分で90ユーロということは、コルナではいくらになるのかなあ・・・」

 「いえいえ、2泊で45ユーロです」

 「まさかドミトリー?」

 「いえ、個室です。シャワーはついていますが、トイレは共用です。だから、『グランド』じゃないんです」

 そのホテルは、観光案内所の向かいにあった。鉄道駅の前、往年の名ホテルは手入れをされることもなく、老醜をさらしている。建物を覆うほこりにインドを思い出した。中に入ると、ホラー映画の撮影にはもってこいという風情で、昼間のチェックインでよかった。廊下は昼なお暗く、歩みだすと自動的に証明が付くシステムなのだが、点灯時間が極端に短く、我が部屋の前に着くと消える。真っ暗になり、カギ穴が見えない。廊下を走り、点灯させ、慌ててドアの前に行き、カギを差し込む。

 かつては、この街最高のホテルだったはずだが、さていつできたのか。フロントの爺さんは英語が通じないが、わかりやすい英語ならわかるかと思いたずねたら、「ノーノー」と言いながら、ノートパソコンを私に向けた。パソコンに英語で書けば、自動翻訳するということだ。シンプルな英語にすれば、トンチンカンな翻訳にはならないだろうと思い、”How old is this hotel ? ”と書いた。すぐさま、爺さんはメモ帳に「100」と書いた。

 そうか、100年物か。ほこりだらけのロビーに往年の雄姿の写真が飾ってあった。ちなみに、あいまいな記憶ではあるが、世界でいちばん多いホテル名は「グランド」のはずだ。

 

 この街の「グランドホテル」がこれ。

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 2階の窓が開いている部屋が我が家。看板で窓を隠しているから、使えない部屋がいくつもあるということだろう。
 

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  グランドホテル正面は、レリーフのほこりでわかるように、この写真よりもはるかに荒んでいる。

 

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 私の高性能カメラのF1.8レンズを窓に向けて撮影したので明るそうに見えるが、カメラを構えている場所では、人の顔もよくわからない。

 

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 古い宿だから、天井が高く、窓も大きい。部屋に不満はない。

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 ロビーにあった古い写真。100年前はこういう風景だったようだ。右の建物が駅。

f:id:maekawa_kenichi:20190410094339j:plainその現在の姿。