1291話 スケッチ バルト三国+ポーランド 10回

 フランス人たち 

 

 リーガの雑貨店で絵葉書を探した。スマホのせいで絵葉書は瀕死の状態かと思いきや、絵葉書になじんだ高齢者からは一定の支持があるらしく、絵葉書を売っている店は多い。その値段は店によってかなり違うから、散歩をしながら、土産物屋や本屋や雑貨店などをいろいろ巡っておもしろい図柄で安い絵葉書を探すのだ。

 リーガの雑貨屋で手ごろな絵葉書を見つけ、レジに持っていったら5人ほどの列ができていた。ひとり目の客が店員に絵葉書を指差し、何か言っている。

 「Paris! Paris!」

 店員は、「切手が欲しいんですね。何枚ですか?」と英語で聞くが、中年女性客はフランス語で叫び続け、店員が切手を見せると、「Trois!  Trois!」と怒鳴るが店員には通じず、右手で「3」を示そうとするが、中指、薬指、小指の3本をやや伸ばしている程度だから、5本の指を丸めて見せているように見える。そういうやり取りがあって、やっと切手3枚購入。次の客は、「Cinq!」と叫び、ああ、またフランス人かとがっかりしたが、5は手の平を見せればいいので、すぐ5枚購入。

 お前ら、英語で3や5くらい言えよ。列の後ろで待っている者のことも考えろとイライラしていた。

 リトアニアの野外博物館の食堂は、窓口で注文し、その脇で商品を受け取るという方式で、昼時に加えて小雨が降って来たので、食堂は混んでいた。窓口前に長蛇の行列ができていた。フランス語が聞こえてきた。最前列にいる、やはり中年フランス人女性が大声のフランス語でしゃべり、店員は「何がお望みですか?」と英語でたずねているが、女はフランス語でしゃべり続けている。しばらくすると、列の後から男の声が聞こえた。英語だ。

 「ここじゃ誰もフランス語を話さないよ。英語を話せよ!」

 その声を無視したのか、あるいはその英語もわからないのか、女は無視してフランス語をしゃべり続ける。列の後ろから、少しフランス語がわかる人が通訳を買って出て、しばしのやりとりがあり、問題は解決したようだが、そのフランス人が何を言いたかったのかは、私にはわからない。

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 フランス人にうんざりさせられたあと、やっと昼飯にありついた。ロシアのボルシチ風スープとチーズを塗った黒パンのセットで5ユーロ。日本円にして630円は高いが、博物館のなかの食堂ということで、割高の価格設定になっているのだろう。ボソボソの黒パンも、チーズを塗るとうまくなる。

 

 その昔、「フランス人は英語がわかっても、フランス語しかしゃべらない」という話は何度も聞き、安宿でその話が出ると、旅行者たちは「『英語がわかっても』じゃなくて、フランス人は、そもそも英語は話せないんだよ。話す気がないんだから」という結論になった。時代が変わり、フランス人でも若い世代だと英語をしゃべる人もいることはわかっているが、考えてみれば、フランス人のひとり旅というのはめったに会わない。若いフランス人のグループには出会ったことがあったが、訛りの激しい英語に苦しんだ経験がある。

 アメリカ人やイギリス人は、世界の人が英語を話せばいいと思っていて、世界はその希望に近づきつつある。

 中国人も、世界中の人が中国語を話すようになればいいと思ってはいるが、それは無理だということがわかっているから、カタコトの英語ででも意思を伝えようとする(中国語しかしゃべらない中国人にプラハで会って、にわか通訳をさせられたことはあったが・・・)。

 フランス人は、世界の人がフランス語をしゃべるのは当たり前だと思い、フランス語がわからないのは不勉強で教養のない人間だと思い、勉強しないお前らが悪いと思っている。

 “Three”さえ言わないフランス人を目の当たりにすると、信念を持って、英語を口にすることを拒否していることがわかる。それはそれでいいから、そういう人はフランスの国境を越えないでほしい。あんたの信念のせいで、ほかの旅行者が迷惑しているなんて考えたこともないでしょうね、フランス人は。悪いのは我々フランス人じゃなくて、フランス語をしゃべらない店員の方なんだと思っているのだから。

 

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 本文に関係ないが、リーガの街並み。すっかりくたびれ果てて汚れていたソビエト時代の旧市街の建物は、この30年で化粧直しをして観光的価値を高めた。