1293話 スケッチ バルト三国+ポーランド 12回

 ロシア人たち

 

 チェコバルト三国の違いは、ロシア人の存在だ。チェコもかつてソビエトの占領下にあったが、国内にロシア系住民はほとんどいない。ところが、バルト三国の場合は、リトアニアは全人口の5%くらいがロシア人だが、エストニアラトビアでは25%がロシア人で、リーガでは半分近くがロシア人だ。エストニアのナルバはエストニア人を強制移住させてロシア人を移住させた結果、市民のほとんどすべてがロシア人となっている。独立しても帰国も帰化もせず、ロシア語生活をしているロシア人の問題がチェコと大きく違うところだ。ラトビア独立後、ロシア人に自動的に国籍を与えるというシステムにはなっていないので、「ラトビア在住ロシア人」と、国籍を取得した「ロシア系ラトビア人」を区別して解説するのは難しい。

 リーガでは毎日ロシア語を聞いていた。会話を聞いていれば、宿の従業員がラトビア語とは違う言葉をしゃべっていることが多いのに気がつき、耳を澄ますと、「ダー、ニエット」がよく聞こえる。「はい、いいえ」はラトビア語なら「ヤー、ネー」だから、会話がロシア語に変わったとがわかる。

 今回の旅の最大の失敗と後悔と苦渋は、この宿だ。バルティック・ホステルというこの宿は、リーガ駅やバスターミナルに近いという立地条件の良さで選び、日本からインターネットで予約したのだが、これがとんだ食わせ物だった。帰国してから確認したのだが、ホテル予約サイトに載せている写真は別の宿の部屋だろう。「朝食付き」というのもウソ。「台所付き」というのは、電気ポットがあるだけ。ホテル唯一のテーブルの上の電球が切れかかってチカチカしているので、「換えてくれ」とスタッフに言ったら、その電球を取り外し「OK!」。そうか、わかった。天井のダウンライトの穴はいくつもあるが電灯がついているのはひとつだけだ。電球が切れると、そのままなのだ。

 チェックインするときにも、変なことがあった。住所氏名を記入するカードの裏に滞在中の注意が書いてある。チェックインタイムなどに関する注意はわかるが、「ホテル内の撮影は一切禁止」と書いてあり、「これをよく読むように」という念を押される。滞在して数日して、この注意はいったいなんだという疑問が強くなり、スタッフに聞いた。

 「なぜ、撮影禁止なの?」

 「そういう決まりだからです」

 「だから、なぜそういう決まりがあるのか聞いているんですよ」

 「えーと、furniture(家具)、わかります。家具などの写真を撮られて、誰かがマネして同じデザインの家具を作るとまずいでしょ」

 「おいおい、いー加減にしなさい! ここは美術館か、アートギャラリーか。このオンボロ椅子はあんたがデザインしたのか! ウソはいい。本当のことを言いなさい」

ばかばかしい言い訳に、私はいらだった。

 「客がこのホテルの内部を撮影して、インターネットで公開したりしたら、困るでしょ」

 「困るようなホテルにしているのがそもそもの問題じゃないか。汚い。壊れても修理しない。うるさい。暗い。悪いところばかりじゃないか。ただちに、修理改善しなさい! 撮影されて、うれしいようなホテルにすればいいじゃないか!」

 「オーナーが、ホテルには一切カネを使わないと言っているんだから、従業員の私に何ができると言いうのよ!! そんなに嫌なところに、なぜ泊まるのよ」

それを言われると、つらい。予約をしたのは私で、日本ですでに宿泊費は支払っている。

 クチコミ欄をよく読む習慣がないのだが、予約直前に読んでおくべきだった。リーガに着いてから、「宿を換える、宿泊費を返せ!」と言っても、応じるとは思えない。だから、作戦を変えた。ウップンを晴らすしかない。

 「宿泊料だけ取って、何もしない。修繕もしないというのがロシア式ビジネスなのか!」

 そのスタッフは急に声を荒げた。やはり、図星だったのだ。

 「国籍なんて、関係ないでしょ」

 「国籍には関係なく、ただ、金儲けしか考えていないオーナーということですね」

 「・・・・」

 この宿は、オーナーはおそらくロシア系(あるいはロシア人)で、スタッフもロシア系(親切な人がひとりだけいる)で、客もロシア人とロシア系ラトビア人が多い。

 この宿がロシア人のたまり場だということは気がついていた。ある日のこと、ロビーに大きな荷物がいくつも積まれていた。

 「きょうは何が起きたんだい」とたずねると、「いま、ロシアから客が着いたばかりなんだ」

 間もなくして宿にやって来たのは、10人ほどのロシア人の団体客で、旅行者には見えない。労働者の移動という感じで、男たちはひと晩泊って、どこかに消えた。ここに旅行者風に客はほとんどいない。日本風に言えば、駅裏の商人宿という感じなのだ。そのせいで、旅行者と話をする機会はなかった。エストニアでもリトアニアでもワルシャワでも、旅行者たちとの会話を楽しんだが、リーガでは話し相手がいなかった。

 バルティック・ホステルは駅前のマクドナルドがあるビルの3階にある。このビルの1階エレベーター前に立った時、極少チョンキンマンションだなと思った。香港の安宿ビル、チョンキン(重慶)マンションとは比べものにはならないが、安宿が何軒かある。ところが、旅行者にはほとんど出会わないのだ。たった一度、いかにもバックパッカーという若い女性とエレベーターで乗り合わせ、「泊まっている宿は、どう、いい?」と聞いてみたら、全休符のあと、「ええ、まあ、いいです」といった。

 駅に近い安宿はほかにもある。1泊だけの緊急避難の宿泊なら我慢できるだろうが、それ以上滞在するなら、ここはおやめなさい。

 

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  ホステルの看板がいくつもあるが、旅行者の姿はあまり見なかった。

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  宿から外を見る。この写真では見えないが、右手方向にがリーガ駅がある。窓ガラスの掃除をした形跡はない。カーテンを巻き上げる器具が壊れているから、カーテンを巻き上げて洗濯ばさみで止めて撮影をした。

 

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  左手がリーガ駅。駅前通りを渡るとマクドナルドがある建物。その3階の半分が、バルティック・ホステル。カーテンが少し巻き上げているのが私の部屋。駅周辺にはスーパーマーケットやショッピングセンターや映画館がある。バスターミナルや空港とリーガを結ぶバスの発着所も近くにあり、ロケーションはいい。しかし、この周辺にも安宿が多くあるので、この悪徳宿はやめておきなさい。