1294話 スケッチ バルト三国+ポーランド 13回

 フィンランド人旅行者

 

 ワルシャワの宿の入口で、30ちょっと前の二人の男が自転車からバッグを次々にはずしていた。自転車旅行者だ。夕方の6時といっても、もちろんまだ「真昼間」(まっぴるま)の明るさだ。ふたりの楽しそうな顔を見たら、そのまま黙って通り過ぎる気にはなれなくて、話しかけた。

 「きょうは、何キロくらい走ったの?」

 「たった93キロ。きょうは、それでおしまい」

 時速20キロだと、5時間で100キロ。時速15キロだと・・・計算がややこしいな、えーと、6時間で90キロか、と暗算した。休憩時間も入れて8時間のサイクリングなら、それほどの負担ではないだろう。

 「ヘルシンキから、フェリーでタリンに渡ったんだよ」。もうひとりの旅行者が話し出した。

 ふたりが住むヘルシンキから、フェリーでたった2時間のエストニアのタリンへ渡り、本格的に自転車旅行が始まった。

 「タリンから南に下る旅をして、今ワルシャワに着いたところさ」。もうひとりが言った。

 「私もタリンからワルシャワまで来たんですよ。自転車じゃなくてバスで来たんだけどね。夜行バスで、15時間」

 「我々は、15日間かかったよ。15日間さ」

 

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 リーガのバスターミナルで、長距離バスの時刻表を見た。プラハチェコ)、リブネ(ウクライナ)、ロッテルダム(オランダ)、ソフィア(ブルガリア)、ワルシャワポーランド)といった地名が出てくるが、ラトビア語表記だから、想像力を働かせて解読する。

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 エストニアのタリンのバスターミナルで撮影。トイレ付き。豪華ではないが、快適に旅ができる。こういうバスで旅をした。ここにも日本人旅行者が10人ほどいた。車体のタグに書いてある地名をそのまま書き起こすと、

MINSK, VILNUS, KAUNAS, TALLINN, ST.PETRESBURG, TARTU, WARSAW, RIGA, MOSCOW, HELSINKIなど。

 車窓からの景色がおもしろくないので、1枚も撮らなかったことを今後悔している。つまらない風景も資料映像にはなるのだ。

 

 自転車旅行をしているふたりは、楽しそうに笑った。15日前ならバルト三国はまだ涼しかったはずだ。最高気温が15度にもならないくらい肌寒い気候だった。それが、ここ5日ほどは30度前後の気温だから、さぞ暑かっただろう。

 「炎天下で暑かったとは思うけど、バルト三国は平坦だから、自転車旅行にはもってこいでしょ。峠越えなんて、ないし」

 「たしかに、道路は平らだから山越えなんてないんだけど、とにかく、道路が狭いんだ。とっても危なかった」

 そうだ、思い出したぞ。バルト三国の道路事情は良くない。ソビエト時代はわからないが、道路そのものがでこぼこだとか亀裂が入っているといったひどさではないが、狭いのだ。私はエストニアの首都タリンから、ラトビアの首都リーガを経由して、リトアニアのビニリュスを経由してポーランドワルシャワへとバス旅行をした。普通に考えれば、このルートはその国最高の道路だろうと思うのだが、「なんだ、この道路。タイやマレーシアよりもはるかに劣るな」と思った。

 それぞれの国の幹線道路を走ったと思うのだが、日本で言えば市道という程度の道路だ。2車線の道路で、おばあちゃんが道路を渡っていたりする。高速道路のように、道路が完全にほかの道路から分離しているのは、大都市に入る分岐点だけだ。

 道路は一応2車線だが、極めて狭い。そして、交通量が結構あるから追い越しできるチャンスはそう多くはなく、だから列をなす大型トラックの後ろにつくと、いつまでも時速60キロくらいで走ることになり、つねに追い越しできるチャンスをうかがっているということになる。

 道路の外側の白線の外、その部分を専門用語で路側帯と言うのだが、その部分の幅が狭く、すぐ外が砂利道だ。1メートルほどの路側帯を自転車やバイクでで走ると、トラックや大型バスがただ走ってくるだけでも怖いのに、追い越しをかけるために外側に膨らんで走って来られると、とても怖い。バスから道路を見ていて、そんなことを思ったのだが、ワルシャワで自転車旅行者と出会って、あの狭い道路を思い出した。

 もしかして、と思った。鉄道がロシアとバルト海を結ぶように東西方向に建設されたように、道路も東西方向に建設されたのかもしれない。東西方向の道路はまったくチェックしていないが、南北方向の幹線道路は、国際幹線道路である最高のものでも、狭い2車線の道路らしい。これがバルト三国の現実である。バルト三国の南北移動は大変なのだ。ポーランドに入ると、道路事情はやや好転する。

 「ここから、どういう旅をするの?」

 「ポーランドを走ったら、また南をめざして・・・」

 「地中海まで、それともアフリカまで?」

 「アフリカはない。そんな時間はないけど、地中海は見たいな」。もうひとりが、 「最終地はギリシャにしようか、それともポルトガルにしようか、まだ決めていないんだけど、暑そうだな」

 そんな話をしたのは、南ヨーロッパが40度を越える灼熱地獄になるちょっと前なので、あのまま南下していれば、どこかの路上で干物になっているかもしれない。30度を越えるワルシャワはもちろん暑いが、40度をはるかに越えるフランスなんて、想像していなかっただろう。

 

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 ワルシャワの道路。バルト三国からポーランドに入ると、急に道路が良くなったことがわかる。市内に自転車専用道路もある。