1295話 スケッチ バルト三国+ポーランド 14回

 ポーランドの医者

 

 ワルシャワの宿には何種類もの部屋があるのだが、予約なしで行った私が利用できたのは2段ベッド2台のドミトリーだった。ドミトリーなのに、シャワーとトイレが室内にあるというのがちょっと変わっている。下段の私と向かい上段の男以外毎日宿泊者が代わったが、上段の男と話をする機会はなかった。昼も夜も、ベッドに寝転がって本を読んでいるようだった。

 ある日のこと、昼過ぎに宿に戻りひと休みをしていると、その男も部屋に戻ってきた。30歳ちょっと前くらいの長身の男だ。トイレやシャワーのためにベッドから降りることはあるから、顔を見るのは初めてではない。

「ずっと寝ていたから、体調が悪いんじゃないかと心配していたんだけど・・・」と私が話しかけた。英語を話す人なのか、おしゃべりができるほどの英語力があるかどうか、雑談ができる性格なのかのチェックでもある。

 「いやいや、健康ですよ。ワルシャワで勉強会があるんで、勉強が大変だったんですよ」と、なめらかな英語が返ってきた。自分はポーランド南部の医者で、勉強会のためにワルシャワに出てきているんだと自己紹介した。脳外科が専門なのだが、なにかの試験の準備をしているらしい。勉強会は今日で終わり、明日は勤務地に戻るだけなので、体も心も楽になったようだ。それから夕飯時までの4時間ほど、彼とたっぷりおしゃべりを楽しんだ。観光地巡りよりも、こういう雑談をしている時間の方がよっぽど楽しい。まずは、気候の話から。

 「故郷であり勤務地でもあるポーランドの南部の山岳地帯では、冬は寒いし、雪も多い。ボクが子供のころは、大雪で休校になるのは普通だったんですよ。20日くらいの冬休みがあったんだけど、今はあまり雪が降らなくなったんで、長い冬休みはなくなった。ここ5年くらいからだと思うんだけど、春がどんどん短くなっているような気がする。今日も30度でしょ。肌寒い5月から急に30度の6月だから」

 「ポーランドでは教育費はすべて無料。だから、ボクも授業料を一切払わずに医者になった。アメリカで医者になろうとしたら、とんでもない費用がかかるでしょ。ポーランドなら、タダ。それはうれしんだけど、医者の資格を取ったら、稼げるドイツやフランスに移住する者もいてね。ボクの医師免許でもドイツなどで医者として働けるけど、ポーランドを出る気はないね。ワルシャワに住むのも嫌だ。生まれ故郷で医者をやりたいんだ」

 「タダで医者になれるからからということでポーランドに留学し、医師免許を取ったらより稼げる国に移住する留学生も少なくなくて。ポーランド人の税金がそういう使われ方をしているということに、政府は今のところ静観しているけれど、今後は何かの対策を取ると思うよ」

 「ポーランドも日本のように少子化が問題なんです。だから、政府は『ふたり目を生もう』というキャンペーンをやっている。ふたり目の子供ができると、両親ともに産休が取れるんだ。それ自体は素晴らしいんだけど、ふたり分の労働力と税収が減るわけだ。国全体で見ると、支出が増えて収入が減るわけです。そうすると増税か、という問題が出てくるわけです」

 「若い医者の日常というのは、月曜日から金曜日までは仕事。土日は24時間の勤務(と言ってニコリとした。若い医者の悲惨さはここでも同じだ)。まとまった休みを取れることはあるけれど、普段はそういう生活で、勤務をしながら勉強をして、資格などの試験の準備をしているというわけです」

 「医者の立場から見て、ポーランド人の体の問題点と言えば、飲酒や喫煙などはもちろんなんですが、もっとも大きな問題は肥満でしょうね。ソビエトの手を離れ、自由に何でも食べられるようにあると、脂肪と砂糖の摂取量が急に増えて、それが原因でいろいろな病気が増えています」

 「日本人の死亡原因は、ガン、心臓、脳でしょう。ポーランドも同じようなものです。しかし、日本の若者の死亡原因は自殺でしょ。ええ、よく知られていますよ。かわいそうですね。原因は社会的な圧力ですか。親の過大な期待ですか?」

 私は、いじめの話などを解説した。

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 ワルシャワナチスによってほぼ完全に焼き尽くされた。戦後、昔の姿を復活させた。

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 だから、古そうに見える建物は戦後生まれだ。

 

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 これはワルシャワではなく、ラトビアのリーガ。こういう超肥満の人を見かける頻度は、スペインやイタリアほどは多くない。肥満が問題になっているタイでも思ったのだが、超肥満者が男よりも女に多いように感じるのだが、摂食障害のせいだろうか。