1298話 スケッチ バルト三国+ポーランド 17回

 ラトビアの元銀行員と人歌手 その3

 

 リーガで出会った元銀行員と歌手の話は前回で終わるはずだったのだが、更新してすぐに赤いジュースの話を思い出した。数行の原稿なら付け足してもいいのだが、書きたいことがもう少しありそうなので、続編を書くことにする。

 カフェテリア方式のレストランだと、レジ近くにグラスに入った飲み物が何種類か用意されている。水や牛乳はすぐにわかる。オレンジジュースもわかるのだが、赤いジュースの正体がわからない。わからないから飲んでみたのだが、ほのかに甘いだけで、酸味や苦みといった特徴はない。このジュースの正体を知りたい。

 「これ、何のジュースだと思う?」

 元銀行員と歌手に、レストランで撮った写真を見せた。

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 赤いのがクランベリー・ジュース。右の料理は、ズッキーニのチーズ焼きと、ゆでたジャガイモにサラダドレッシングをかけたもの。

 

 「ああ、クランベリー(Cranberry ツツジ科)ね」

 1秒で回答が出た。干したクランベリーはヨーグルトに入れて何度も食べているが、ジュースは飲んだことがない。今、インターネットで、日本でもビン入りのクランベリー・ジュースを売っていることを確認したが、日ごろジュースを飲む習慣がないので、「これはもしかして、クランベリー・ジュースかもしれない」などという推理が働かなかったのだ。

 あの日、エルザとリドで昼食を食べた。カフェテリアスタイルの店だから、客は自分の好みの食べ物や飲み物を選んで支払う。そのときも赤いジュース選んだ。クランベリー・ジュースではない。いままで一度も飲んだことがないが、一度は飲みたいと思っていたジュースがその店にあった。ジュースだけならまったくわからないが、コップの底に短く切った茎が入っているからルバーブだとわかった。この植物との出会いを待っていたのだ。

 ルバーブという植物の名を初めて目にしたのは、日本の新聞だった。もう30年以上前のことだったか、長野の別荘で過ごす西洋人たちがルバーブという野菜を欲しがり、農家に頼んで栽培してもらっているという記事だ。ルバーブの名も知らないし、もちろん見たこともかった。さっそく植物図鑑で確認して、「赤いフキか」と認識した。

 ルバーブタデ科ダイオウ属で、フキはキク科フキ属だからまったく違う植物だが、「赤いフキ」と認識した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%96

 日本在住の西洋人は、フキのような野菜を甘く煮たり、ジュースにするという新聞記事を読んで、「ええ? フキのジュース? まずそうだな」と思った。その後、ヨーロッパの市場やスーパーマーケットで現物のルバーブで出会ったが、バナナのような果物と違い、買ってすぐに食べるというわけにはいかないから、ルバーブを口にする機会がいままでなかったのだ。

 カフェテリアのリドの飲み物コーナーをじっくり見ていたら、コップの底に2センチくらいに切ったルバーブの茎が数個沈んでいる。ルバーブのジュースをトレイにのせた。

 「ルバーブは夏の味よ」とエルザが言った。

 「夏になると、いつも母がルバーブのジュースを作ってくれたの。ルバーブを砂糖水でちょっと煮て、冷めたらレモンを絞り入れる。夏の昼、汗をかいて家に帰ると、冷蔵庫にルバーブのジュースがあってね、ジュースを飲んで、甘いルバーブも食べる。それが、子供のころの夏だったのよ」

ラトビアの飲み物といえば、白樺の樹液があると資料で読んだ。

 「ほんのりと甘い液体よ」

 「売っているの?」

 「ええ、ビンに入れて、店で売っているけど、もう遅いね。あれは、冬の終わりの飲み物だから、今はもうないの」

 日曜日の午後は、そういう話もした。

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  コップの底にルバーブの茎が見える。この時はまだルバーブの話を聞く前だったので、ちゃんと写真を撮らなかった。我がランチは鮭のグリルとピラフ、豆のサラダ。