1306話 スケッチ バルト三国+ポーランド 25回

 さあ、トイレの話だ その1

 

 話はやはり、ソビエト時代のエストニア展から始まるのだが、かなり長くなりそうなので項を改めた。この話題のそもそもは、この展覧会場に作られたソビエト時代の住まいを見たのがきっかけだ。この再現住居のリアリズムはすばらしく、「おお、やっと出会えたぞ」という物を見つけた。再現とはいえ、これはこの分野では大変貴重な写真だ。

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 再現とはいえ、トイレットペーパー用新聞紙の現場を見つけたぞ。こういうリアリズムの感謝! でも、なぜか、紙を捨てるカゴが置いてなかった。こういうのを、画竜点睛を欠くというのか。

 

 再現住宅のトイレに、小さく切った新聞紙が置いてあるのだ。その用途はもちろん、トイレットペーパーだ。現在、日本でよく見るロール式トイレットペーパーが最新式なのだが、それ以前は質の悪いロール紙で、これはラトビアではまだ現役だ。その前はチリ紙のような四角く切った紙があったかもしれない。それ以前は、新聞や雑誌を切ったものを使っていたことはわかっていたが、田舎の家にホームステイでもしないと、今はもう見ることはできないと思っていた。話には聞いていたが、現物を見る機会はもうないだろうと思っていたのだ。さまざまな資料でトイレの写真はかなり見たが、切った新聞紙を置いている画像は見たことがない。新聞紙を使った時代があるから、「使用後の紙は便器に捨てて流さないでください」とか「使用後の紙は、脇のカゴに」という表示が必要なのだ。

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 「下水の機能を損なわないために、使用後のペーパータオルとトイレットペーパーは便器に捨てないでください」 リーガ市役所地下トイレの表示。そういうところにも英語の張り紙があることにも注目。

 

 世界には、用便後に紙を使う文化と、水を使う文化と、その他のものを使う文化がある。紙を使う文化の国では、使用後の紙を流していい国と、流してはいけない国に分かれる。そして、世界の多くの国では、じつは流してはいけない国なのだ。団体旅行で泊まる中級以上の近代的ホテルでは、どこの国でもたいていは「流せる」。だから、そういう旅をしているとあまり気がつかないだろうが、台湾だって、韓国だって、「流してはいけない」トイレのある国だ。

 バルト三国からポーランドワルシャワに入ったとき、「ああ、流してもいい文化圏に入ったのかな」と思ったが、それは私が泊まった宿は「流せる」方式だったというだけのことで、多分国内には「流してはいけない」トイレがあるだろう。

 現在、用便後に紙を使っている地域では、かつてはどこでも新聞や雑誌を切って使っていた時代があるはずだ。日本では、一部の金持ちの家を除けば、おそらく、1950年代か、あるいは1960年代までは、せっせと新聞紙を切っていたはずで、その後経済状況が良くなると、灰色のチリ紙になり、白いチリ紙になり、団地から水洗便所が普及していくと、白いロール紙が一般的になっていく。

 ロンドンでも事情は同じだという話を、このアジア雑語林336話で書いた。1950年代の小学生が、学校から帰ると、新聞を切ってトイレットペーパーを作る作業をしていたという思い出話が出てくる本の話を書いた。新聞紙に限らず、使える紙は使うというのが当たり前だから、水洗便所ならば、当然「流してはいけない」方式だったはずだ。現在も「流してはいけない」習慣が続いている国は、今も水で溶けない紙を使っている国だということだ。だから、トイレには、便器の脇にカゴが必要なのだ。

 

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 2016年にオープンした近代的なエストニア国立博物館(タルトゥ)のトイレも、「紙を流せない」トイレだった。写真の左側にある車輪はトイレットペーパーのカバー、金属の四角い箱が使用済みトイレットペーパー用ゴミ箱。