野外建物博物館 その3 煙突
「ごく簡単に言うと、煙突のない家が古いということです。だから、外から見ただけで、古いか、比較的新しいかがわかるのです」
上下どちらもエストニアの野外博物館。藁ぶき屋根から板葺き屋根に変わると煙突がつくという仮説が正しいかどうかはわからない。
エストニアの野外博物館の係り員の解説だった。煙突のない家というのは、日本の古い民家のようなものだ。建築史の上で日本がかなり変わっているのは、近年まで煙突を使わなかったことだ。囲炉裏はもちろん、かまどでも、煙突はない。かまどに煙突がつくのは明治以降だ。日本人が煙突を使わなかった理由は、煙で木材や屋根材をいぶして虫を防ぐためだ。
バルト三国の家に煙突がなかった時代は、技術的な問題で煙突が作れなかったのか、なにかの理由でわざと作らなかったのかわからないが、炊事や暖房の煙は屋根近くの穴から外に出していた。
古い時代の台所は囲炉裏だ。後方は暖房。煙が部屋を巡る。
別の家だが、台所はこの通り。後方はパン焼き釜にもなるという説明だったような気がするが、記憶は怪しい。
囲炉裏の上を見ると、屋根に穴をあけ、煙突になっている。この3点、エストニア。
そして、時代が進み煙突が登場するのだが、かまどやストーブに煙突をつけたという以外のスタイルがある。それを初めて見たのが、ポルトガルはリスボン郊外のシントラ王宮だった。
シントラに行ったら王宮があったが、そもそも王宮などに興味がないので素通りしようとしたのだが、王宮の一部に数十メートルはある巨大な白い円錐形の建物があることに気がついた。KKK(クー・クラックス・クラン)の白頭巾のような姿だ。屋上に塔があるというならわかるが、この巨大な円錐がわからない。そこで、王宮の中に入った。それでわかった。あの円錐は調理場だったのだ。
https://4travel.jp/travelogue/11250232
そこの係り員の説明を聞いて、「へ~」と感心したのは、円錐の建造物は煙突で、その下部に調理場があるのだ。調理場にはいくつものかまどがあり、それぞれに煙突をつけるのは面倒なので、煙はすべて調理場に吐き出すようにして、円錐の煙突を使って外部に出すというシステムになっているのだ。つまり、煙突の下部に調理場があるということだ。
こういう「煙突内台所」というのは、野外博物館の家でも見られた。街なかの石造りの建物でも、そういう台所にリーガで出会った。17世紀にたてられたドイツ人一家の住まい、メンツェンドルフ家博物館だ。リーガの中心地に立つ石造りの建物で、3階建て屋根裏部屋つき住居の台所は、囲炉裏のように裸火で調理するようになっているが煙突が見当たらない。「煙突がないんですか?」と聞いたら、係員は天井を指差した。はるか上の方に穴が開いている。そうか、これも煙突内台所だ。
メンツェンドルフ家の台所。立って調理ができるように、火は台の上の置く。
囲炉裏が台にのった形だ。そして、その上を見上げると・・・。
屋根の上に煙突。つまり、台所の上に煙突があるという形だ。
その日、宿に帰って煙突内台所のことを日記に書いていたら、そうか、京都や大阪の町家だと気がついた。古い商家の台所が頭に浮かんだ。古い家には、もちろん煙突はない。台所部分の天井は高く、吹き抜け部分を火袋という。採光と換気と煙出しのための天窓だ。
https://sanpohana.exblog.jp/16999256/
これも煙突内台所だと言えなくもない。
煙突のことだけ考えても、朝鮮や中国東北部の煙を利用した床暖房や燻製作りなど、興味深い事柄が多い。そこで、本棚から『台所空間学』(山口昌伴、建築知識、1987)を取り出して、久しぶりにページをめくる。この本は1万円近い定価ながら、私が買ったのは、1989年の第4刷。それだけ高い評価を受けた内容だということだ。晩年の山口さん(2013年没)には、台所のことだけではなく、建築のことも多く教えていただいた。今日の私の建築の知識は、藤森照信、山口昌伴、小松義夫の3氏の研究のおかげだ。
炉のすぐ上に煙突をつけたデザイン。下部は薪置き場。リトアニア。
台所兼暖炉の焚口の隣りの部屋。暖かいベンチは、老人のベッドになる。「子供のころ、風邪をひくと、ここに寝かせてもらえたんですよ。とっても暖かかったですよ」と管理人の老人。以下、写真はラトビア。
これが暖炉。緑の陶器はいわば反射板で、熱を室内に放射する。右側に見える天井と床をつなぐ棒に付いた板。気になって管理人に聞いた。テレビ番組なら、クイズになる。正解は、最後に。
これと下の写真は19世紀の台所。
ガスのない農村では今もこのスタイルだろう。下の写真の右手、緑のものは英語でstoveと呼ぶもの。日本ではストーブは暖房器具だが、英語では調理器具兼暖房器具もstoveだ。オーブンもある。左手は暖炉の焚口。
★クイズの正解 あれは、幼児の歩行器。円形部分に体を入れ、両腕を出し、板を押して、クルクル回り、歩く訓練をする。なるほど。ガイドツアーがあれば参加したいな。