1320話 スケッチ バルト三国+ポーランド 39回

 リーガ 19世紀から20世紀の建物 アール・ヌーボー

 

 19世紀の末にフランスで始まったアール・ヌーボーは、「新しい芸術」という意味で、植物の曲線をモチーフにしたデザインが特徴。アール・ヌーボーの建築はプラハが有名だが、リーガのアルベルタ通り周辺にもアール・ヌーボーの建築物が集まっている。フランスで生まれたアール・ヌーボーはドイツに伝えられ、ユーゲント・シュティール(若い様式)と呼ばれた。ラトビアの建築はドイツの流れをくむので、ドイツ語のユーゲント・シュティールが使われている。

 リーガのユーゲント・シュティール建造物の多くを設計したのは、サンクトペテルスブルグ出身の建築家で、ロシア帝国支配下にあったラトビアのリーガで仕事をしていたミハイル・エイゼンシュテイン(1867~1921)だ。『リーガ案内』(土曜社)では、「彼は生涯『気が狂ったケーキ屋』として笑いものにされました」とある。リーガ市民の評判は悪かったのだろう。装飾過剰で、まさに「飾りすぎのウェディングケーキ」のようで私の趣味ではない。

 そういうわけで、建築家エイゼンシュテインの名はほとんど忘れ去られているようだが、リーガで生まれ育った息子セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898~1948)は、世界に知られた人物だ。私でも見たことがある「戦艦ポチョムキン」などの作品で知られる映画監督で、父親の建築作品を嫌っていたらしい。

 200メートルほどしかないアルベルタ通りとその周辺に、こんな建物が並んでいる。建物の多くに顔がついているので、岡本太郎を思い出した。以下、スナップ写真を紹介する。

 

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 こういう建物の窓に、"TO LET"(貸します)という英語の張り紙があった。外国人は住みたがると思ったのだろうか。

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 これはアルベルタ通りではなく、旧市街で見つけた顔。多くの観光客が歩く地区にあるので、ガイドブックなどで紹介されることもあり、リーガでもっとも有名な「顔」かもしれない。