1343話 スケッチ バルト三国+ポーランド 62回

 落穂ひろい その1

 

 そろそろこの旅コラムも終わりに近づいた。これから何回かにわたり、1回分には足りない小ネタを、落穂ひろいのように拾い集めてみた。

共産党時代・・・バルト三国ポーランドソビエトの支配を離れて自由を得たのは1990年代初めだから、もうすぐ30年になる。今回の旅では、幸運にも警察や役人などと遭遇する機会がなかったせいか、かつて共産主義国家だったという名残りは感じなかった。わずかに、「あれがそうか?」と思ったのは、博物館での体験だった。いずれもリーガでのことだ。

 散歩をしていて医療史博物館を見つけ、表の看板を見たら、17時閉館とある。時計を見たら4時ちょっと前だから、急げば見ることができるだろう。入場券窓口に行ったら、「閉館は16時45分だから、急いで見ろ!」。

 こういう命令口調になったのは、老いた職員が今まで通りの公務員体質がでただけか、あるいは単に英語が下手だからなのか。閉館時刻までには博物館のドアを閉めたいから、帰宅の準備時間を考えて、14時45分閉館と告げたのだろう。この博物館は実におもしろかったが、役人仕事を感じた。

 メンツェンドルフ家博物館で、天井の絵を撮影したかった。壁にも絵が描かれているから、天井の絵も合わせて撮影をするために、床に腰を下ろしてカメラを構えたら、「座るんじゃない!」という大声が聞こえた。このおばちゃんも、きっと共産主義時代からの職員だろう。英語が下手だからぶっきらぼうの命令口調になったのかと思ったが、違った。私に注意したあと、私の半径1メートル以内にじっと立ち、圧力を加えながら監視している。

 そういう態度をとるなら、コッチにも考えがある。本屋で買ったばかりのリーガの案内書をバッグから取り出して、読み始めた。さあ、読書する私のそばで、じっと立っていられるか? どちらが根負けするか。敵はポケットからスマホを取り出して、遊び始めた。負けた。

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 メンツェンドルフ家博物館でこの写真を撮った直後に、監視人の罵声が飛んだ。私の行動を常に監視していたのだろう。

いかにも・・・エストニアのタルトゥでの、「いかにも」の話を2題。

あまり広くない道を歩いていたら、背後から轟音が聞こえた。それは、品のないオレンジ色のスポーツカーのエンジン音で、私のちょっと前で急停車した。二車線の反対側で、ちょっと離れた背後からだから車種はわからない。私でもわかるポルシェやフェラーリマセラティではない。車から降りてきたのは、若きリストのような風貌で(わかります?)、耳が隠れるくらいの長髪で、真ん中から分けている。歳は、20代半ばか。すらりとして、背が高い。「金持ちの家に生まれた、輝くような天才ピアニスト、ただし性格悪い」として少女漫画に登場しそうな顔立ちの、いかにもキャラだ。男は白いシャツ姿だが、もちろんサラリーマンが着ているようなワイシャツではない。襟がちょっと丸く、ブラウスという感じだ。車内からループタイを取り出して首に巻き、車のサイドミラーでチェックして、車内に上半身を入れて、上着を取り出し、身につけ、再びサイドミラーで点検し、ドアを閉め、建物のなかに入って行った。ホント、少女向けアニメの実写版だ。

 タルトゥ散歩を続ける。旧市街からエマユギ川を渡って公園に行ってみる。乳母車を押す母や、ベンチでくつろぐ老夫婦などがいて、のんびりした風景の公園なのだが、そのなかに場違いな女がふたりいた。午後3時だが、パーティー帰りという感じ。ミニスカートに光モノのアクセサリー。派手な化粧。大声でしゃべっている。

 私はその脇を通り、公園を抜け、その近所を30分ほど散歩して、エマユギ川沿いを歩いていたら、横断歩道の信号で止まっているBMWカブリオレが目に入り、ポロシャツにサングラスの男の隣りと後部座席に、あの、ふたりの女がいて、あいかわらずはしゃいでいる。映画「プリテイー・ウーマン」のイメージが広がった。

 

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 タルトゥは散歩にいい街だ。コンクリートの家の屋上に木造の増築をしたアパートを見つけた。

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  宿の回りも木々に囲まれていた。残念ながら、公園の写真は撮らなかった。