1365話 音楽映画の話を、ちょっとしようか 第9回

 風の丘を越えて

 

 松村さんと会った帰り、電車の中で引き続き音楽映画のことを考えていた。

 「パイレーツ・ロック」はすごかった。イギリスでは、1960年代ラジオ局がBBCしかなく、ロックが冷遇されていた時代、沖に停泊した船からロックをガンガン放送していたという事実に基づく映画だ。当時、イギリスでは日本のように好き勝手に選曲・放送できなかったのだ。1960年代の音楽がガンガン流れるということでは、「グッドモーニング・ベトナム」(1987)もある。1970年代の韓国のバンドが政府にどう弾圧されたかを描いたのが、「GOGO 70s」だ。この映画や、ベトナム戦争と韓国の音楽事情の話は、このアジア雑語林の376話(2011年12月23日)に書いた。

 レッド・バイオリン(1998)は、ちょっとおもしろかったな。1993年の映画だ。17世紀のイタリアで造られたバイオリンが、時代と場所が変わり、さまざまな人の手に渡り現在まで歩んだ道を描く。映画の主人公が、赤いバイオリンというのがおもしろい。こういう壮大な物語ができる楽器は、バイオリン以外考えられない。

 松村さんと、台湾におけるアメリカ音楽の影響といったテーマで話をしていて、「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」の話をした。ふたりともこのタイトルを正確に覚えていないから、「ほら、あの、難しい名前がつく殺人事件の映画」といえば、「ああ、あれね」とふたりともわかる。時代は1950年代末から60年代初めの台北。映画そのものの魅力とは別に、日本家屋での生活やエルビス・プレスリーの大ファンという少年など、当時の若者文化を知るという意味でも貴重な作品だ。

 この映画は、権利関係の問題がいろいろあったらしく、ながらくビデオでもDVDでも手に入らなかったが、2017年にやっとDVDが発売された。テレビでも放送された。

 そういうことを思い出していて、DVDが品切れになり、プレミアがついて高価安定している韓国の音楽映画のことを思い出した。そうだ、あの映画を忘れてはいけない。私の韓国映画ベスト10に入る映画だ。「風の丘を越えて/西便制」(1993)だ。韓国の原題を漢字で表記して「西便制」としているが、日本人は読めない(中国人も読めない。若い韓国人も読めない!)。映画輸入会社がよくやる「インテリ面したかっこつけ」が嫌いだが、それはともかく、映画そのものの話だ。

 パンソリの映画だ。パンソリは、日本の浪曲義太夫(ぎだゆう)のような語り物の芸で、タイならモーラムだ。西便制(ソピョンジェ)とは、パンソリの歌唱法の流派のひとつだというのだが、こんなタイトルで日本人がわかるわけはない。韓国人もわからないだろう。

 語り物の芸というのは、声と節が重要で、鍛えられたノドの技を耳にすると、もうたまらない。映画館でこの韓国映画を見て、すっかり気に入り、ロビーで売っているVHSとDVDを見て、欲しくなったが高い。「そのうち中古で安くなるだろう」と思っていて、現在にいたる。韓国版は安く手に入るが、リージョンコードが合わない。レンタルか、新大久保や神保町の中古DVD屋を探すしかないのだろうが、あっても高いだろうな。