1367話 高い本が怖い

 カルロス・ゴーン逃亡事件をテレビのニュース番組で取り上げていて、作家で元出入国管理官という人物がなにやらしゃべっている。現在、作家なら出入国に関して何か書いているかもしれないと思った。旅行者が書く旅行の本など世にあまたあるのだが、出入国や税関の係官がその体験を書いたものは極めて少ない。主に在日アジア人と出入国管理制度の本はあるのだが、空港や港でも取り調べを書いた本はほとんどない。

 海外旅行と税関の本では、いろいろ探したのだが、元関税局長で出版当時も大蔵省の役人の手による『海外旅行 通関のコツ』(岡下昌浩、毎日新聞社、1980)しか手に入れていない。出入国関連では、『パスポートとビザの知識』(春田哲吉、有斐閣、1987)しか探せなかった。この2冊を買ったのは1980年代で、現在どうなっているのかインターネットで調べてみると、通関士の資格試験教科書とIT入門書しか見つからない。つまり、類書ナシだ。

 テレビでしゃべっていた元出入国管理官で作家の名前をメモしておかなかったので、インターネットで調べて作家の名が久保一郎だとわかった。アマゾンで調べると、私が知りたい内容の本をすでに書いていることがわかった。『入国警備官物語 偽造旅券の謎』(現代人文社、2004)はおもしろそうだ。「¥2,345より」となっているから、高い。それはともかく、モニター画面に気になる表示があった。

 「お客様は2007/9/11にこの商品を注文しました」

 そうか、12年ほど前に注文しているのか。いくらで買ったのか調べることができると今知った。送料込みで1000円だったようだが、買値がどうのこうのという以前に、この本のことをすっかり忘れていた。そこで、すぐさま旅行関連書の棚に捜索隊を派遣したのだが、見つからない。「資料的価値あり」と思う本は、読んだ後ちゃんと本棚に入れるのだが、「まっ、いいか」という程度だとその辺に置きっぱなしになることがある。この本が送料とも500円くらいならまた買ったかもしれないが、送料込みで最低2695円だと、今買うこともないよなと思う。

 アマゾンで本探しをやっていて、おもしろそうな本が見つかると、とりあえず「ほしい物リスト」に入れておく。著者になじみがあって、内容やレベルが想像できて、高くなければすぐに買う。高い本の場合は、リストに入れた本を、本屋で実際に点検して買うかどう決める。高い本で、すぐに読む必要のない場合は、ネット古書店で安くなるのを待つ。

 アマゾンの「ほしい物リスト」に入れている高価な食文化な研究書を、神保町の古書店で比較的安い値段で売っているのを見つけたが、「もう少し安くなるんじゃないか」とう予感があって、買わなかった。帰宅して、食文化の棚で必要な本を探していたら、神保町で見つけたその本がちゃんとあり、アマゾンの「ほしい物リスト」に入っている別の高い本も本棚にあった。これで、7000円ほどの損失を防いだ。アマゾンで買っていれば、「お客様は・・・・」という表示が出てくるので同じ本をまた買うことはないのだが、頭の中の蔵書リストが崩壊しているので、本屋で買った本はまた買う危険性がある。

 いままででもっとも悔しかったのは、神保町の新刊書店で食文化の高い本を見つけ、好きな書き手だからうれしくなり、すぐさま買い、帰宅して読み始めたら数ページ目で既読感があり、念のために本棚を点検したらその本がちゃんとあった。それが、出版後ひと月後のことだ。つまり、出版後すぐに買い、すぐに読み、傍線を引き、付箋をつけ、しかしそれらの行為をすべて忘れ、ひと月後に「あっ、あの人の新刊だ!!」と喜び、躊躇せず買ったというわけだ。10年前に買った本を忘れているのならあきらめもつくが、ひと月前じゃ落ち込む。こうして、私も天下のクラマエ師(蔵前仁一翁)の仙境の境地に一歩足を踏み入れたのである。

 コーヒーなら2缶買ってもいいが、本は2冊あっても意味がない。高い本は、なお怖い。