1368話 最近読んだ本の話 その1

 分かち書き

 

 バルト3国やポーランドの旅の話を書いている間は、基本的にその地域の本を集中的に読んでいた。旅行をすることがなければ、生涯手に取らない本に出会い、読むという楽しみは、私の旅が読書と連動しているからだ。

 アジア雑語林の旅物語を書き終えて、いままで読まないでおいた本を片っ端から読んでいるのだが、つい先日、書店の文庫コーナーの平積み題で見つけた『消えた国 追われた人々』(池内紀ちくま文庫、2019)が読みたくなった。すぐさま買い、きょうから読み始めた。「消えた国」とは東プロイセンのことで、アジア雑語林でバルト三国ポーランドのことを書いているときに、面倒だから東プロイセンには極力触れなかった。東プロイセンとは、ポーランドの北東部、リトアニアの南西部に、現在ロシア領になっている飛び地カリーニングラードにあった国だ。この本は、その痕跡を探す旅行記だ。最初の章「グストロフ号出航す」の7行目にこうある。

 「そもそもポーランドには山などほとんどないのだ。どこまでも平べったい野がつづく」

 私も、ポーランドに行くまではそう思っていた。ワルシャワポーランド人と話をしていると、「南部には高い山があるんだよ」という話を聞いて、地図をよく見て、標高2499メートルの最高峰リシイ山があることも知った。思い出とともにこういう校閲読書をするから、読むのに時間がかかる。

その本をしばし脇に置いて、ここ数か月に読んだ本の話を思いつくままにしてみようか。

 ポーランドのことで調べたいことがあって図書館に行ったとき、出入り口の「ご自由にお持ちください」コーナーにあった1冊をもらった。『世界の言葉で「アイ・ラブ・ユー」』(片野順子、NHK生活人新書、2003)は、「約1年近くの取材を経て集まった七〇か国の愛の言葉とエピソード」(はじめに)だそうで、取材元は各国大使館。

愛を告白する言葉など私はほとんど知らないのだが、タイ語はどうなっているか調べてみると、こうなっている。

 ผม รัก คุณ 

【ポム・ラック・クン】(男性から女性へ)

  ああ、やってしまったか。これは語順そのままに日本語に置き換えたら、「わたしは 愛しています あなたを」と1字あけて書いたようなものなのだ。タイ語分かち書きをしない(語間を空けない)。その点では、日本語や韓国語と同じだが、韓国語は日本語と比べて句読点が少なく、状況によって語間にスペースが入る。タイ語には句読点もスペースもない。改行はある。というわけで、正しいタイ語表記はこう書く。

 ผมรักคุณ 

 タイで日本語の分かち書きがあったことを思い出す。観光客相手の英語の週刊フリーペーパーがあって、そこに載っている日本語の広告に日本語の分かち書きが多かったのだ。

 「おいしい にほん料理 どうぞ」という感じなのだ。タイ語分かち書きをしないのだから、日本語を書く時もタイ語と同じように字間を空けずに書けばいいのに、なぜ空けるのだろうかと考えて浮かんだ仮説は、英語を書いている気分だからだろう。私自身の体験で言えば、ちょっとタイ語を書こうとすると、無意識に単語ごとにスペースを空けて、分かち書きをしたくなる。頭の中で単語ひとつひとつを組み合わせているので、詰めて書くのが難しいのだ。