1371話 最近読んだ本の話 その4

 デジタル旅行者

 

 スマホを持っていない。理由は簡単だ。使わない物に、毎月高いカネを支払う必要はないからだ。自宅にパソコンがあるから、調べ物も、メールも、パソコンでやればいい。わざわざ電車の中で映画を見たりゲ―ムをすることはない。本を読むか、寝ていればいい。

 そう思い、スマホがない生活を続けてきたから、フェイスブックやインスタグラムなどSNSに心を汚されることもない。スマホがない生活は日本では何の不自由もないのだが、外国では違う。

 チェコ南部のチェスキー・クロムロフからバスでチェスケー・ブディヨビツェに行く朝のことだ。バスターミナルの建物があるのだろうと思っていたが、ただの空き地で、バスが停まっていた。車掌からキップを買おうとしたら、「予約なしですか? 現金ですか?」とおどろかれ、「そうです」というと、「じゃあ、しばらく待っていてください」と列をはずされ、スマホを手にした中国人観光客たちが、次々に乗り込んでいく。彼らは、すでにスマホで予約し支払いも済んでいるのだ。予約していないのは、私だけだった。

 バスがチェスケー・ブディヨビツェに着いた。予約なしでバスに乗るのはどうやら危ないらしいので、バスターミナルで翌日プラハに行くバスのキップを買っておこうとしたら、発券所がないのだ。いままで旅したどこの国にも、バスターミナルには発券窓口があったが、ここにはない。ネットで購入しない私のようなものは、街の旅行社に行ってキップを買うのだ。ああ、スマホを持たない者のあわれ。

 宿も、予約をしていないと、泊れないことが多くなった。日本でいらないスマホだが、外国旅行用に買おうかと、ふと思った。そういう時代に、すでに入ってしまったのだ。有名美術館や博物館も、ネット予約をしておかないと入場できない時代なのだ。

 というわけで、あわれな旅行者は、友人に相談した。

 日本でスマホを使わないというなら、タブレットにするのは、どうでしょ。地図などは、宿でダウンロードしておけばいいんだし。

 さっそく「サルでもわかるタブレット入門」というような超基礎学習書はないかと探して、次の2冊を買った。

 『家電批評特別編集 タブレットがまるごとわかる本 2020』(普遊舎)

 『タブレット入門&使いこなしガイド』(マイナビ出版

 買って、ざっと目を通し、「ざっと目を通しただけで理解できる頭脳」を持ち合わせていない私は、「まあ、旅行に行く時に精読すればいいか」とさぼりを決め込んだ。自宅にはWi-Fi環境が整っていないので、タブレットを買っても自宅で設定できない。かといって、自宅でWi-Fiの機器を買うのも、あほらしいなというわけで、それっきりになっていた。

 年末、天下のクラマエ師に会った。

 「前川さん、スマホ買った?」

 私はタブレットの話をした。

 「やっぱり、スマホだよ。Wi-Fiが弱い宿もあるし、バスや公園や、いろんなところで調べたいことが出てくるもんだよ。そうなると、やっぱり、スマホだよ。難しくないよ。小学生だって使っているんだから」とおっしゃる。

 師がそうおっしゃるなら、スマホをまったく知らない身としては、基礎学習をするしかない。というわけで、安くもない本をまた2冊買った。

 『SIMフリー完全ガイド』(普遊舎)

 『海外旅行のスマホ術 2020最新版』(日経BP)

 こうした実用書を熟読玩味しなければいけない時代なんでしょうね。子供なら、「わーい。スマホを買ってもらえるぞ!」と喜ぶのだろうが、私にとっては悪夢だ。カネもかかるし。

 考えてみれば、格安スマホ以前に、スマホそのものがわからない。「サルの赤ん坊でもわかるスマホ超入門初級編」というような本をまず読んで勉強しなければ。というわけで、ネットで調べると、『いちばんやさしい60代からのAndroid』(増田由紀、日経BP、2018)のような本がある。近所の本屋でスマホ入門書を探したが、「60代からの・・・」は見つからず、10歳サバを読んで数点ある「50代からの・・・」を買おうとしたが、判型がやや小さい『NHK趣味どきっ! スマートフォン入門 スマホでやりたい100のこと』(宝島社)を納入。スマホ本体を買う前に、入門書でカネが出て行く。新聞の折り込み広告に、「スマホ講座 入会料5000円、1回1700円・・・」という文字が見える。

 デザリングだのMNPだのバースト転送だの、訳の分からないことばかり。

 今の世の中、右も左もスマホに見入る人ばかり、真っ暗闇じゃございませんか。