1372話 最近読んだ本の話 その5

 ゲルニカ

 

 本の話を書きながら、『消えた国 追われた人々』(池内紀)を読み続けている。東プロシアの司祭であり、法律を学んだ官僚であり、代議士になった男の趣味は天文学で、研究成果を発表すると世間を騒がせてしまうので、死の直前にまとめ、死後発表した。その男の名は、ニコライ・コぺルニクス。そういう話題も出てくる。

 さて、きょうはスペインの話。

 ゲルニカのことがずっと気にかかっている。スペイン北部のゲルニカという小さな町をナチス空爆して、大惨事となった。その虐殺の悲しさと悔しさを描いたピカソゲルニカが有名だ。私が興味を持っているのは絵ではなく、街の方だ。

 数年前にゲルニカに行った。そのあとで、ゲルニカ爆撃に関する資料を探して読んだのだが、「なぜ、ゲルニカを?」という疑問に対する回答は見つからなかった。

 原田マハの『暗幕のゲルニカ』(新潮社)に何かヒントが書いてあるかと思い、本屋でチェックしたが、この本は絵の方のゲルニカのことで、爆撃のいきさつを詳しく書いてあるわけではなさそうだ。

 スペインの人民政府に対して、フランコ率いる反乱軍が蜂起したのが1936年から始まるスペイン内戦だ。反乱軍にはドイツとイタリアが支援し、人民政府側には義勇軍がついた。反乱軍を支援するナチスバスク地方空爆した。そのうちのひとつが、ゲルニカという街だった。

 先日、神保町の古本屋のワゴンセールで、『ゲルニカ物語』(荒井信一、岩波新書、1991)が置いてあったので、すぐに買った。またスペイン内戦の復習をする。

 ドイツが反乱軍を支援した理由は、反共産主義といった政治的理由もあるのだが、鉱山の方が重要だろう。バスク地方の銅や鉄の鉱山はイギリス資本で、イギリスに送られていた。これらの鉱物をドイツが奪えば、イギリスに損害を与えるとともに、ドイツに利益をもたらす。鉱物の集積地は、バスク地方の中心地ビルバオである。ドイツはビルバオが欲しかったのに、ゲルニカを爆撃した。ゲルニカ軍事産業の中心地でもなければ、大都市でもない。爆撃する理由がないのだ。この岩波新書でも、すでに私が知っている事以上の事実は書いてなかった。残された文書によれば、ゲルニカ爆撃の目的は、郊外の道路と橋を空爆して交通を遮断すると書いてあるのだが、実際には道路も橋も爆撃されなかった。なぜか、ゲルニカの街が爆撃されたのだ。私はその理由をずっと探している。

 そういう話は、このアジア雑語林の911話(2017-01-21)にすでに書いている。今回も、それ以上の資料はなかったということだ。

 バルトの旅で、歴史を学んでいるスペイン人大学院生と話をした。歴史は彼の専門だから、もちろんよく知っていて解説をしてくれるのだが、「でも、なぜ、ドイツはゲルニカを爆撃したのか?」と質問すると、彼は絶句してしまった。

 長らく疑問に思っていることは、「なぜ、ゲルニカに」であると同時に、「『なぜ、ゲルニカに?』と疑問に感じる人がなぜ少ないのか」という疑問だ。