1374話 最近読んだ本の話 その7

 続・食文化の本を書く

 

 食文化でも音楽でも同じなのだが、ある国の調査をするなら、さまざまなテーマで考えないといけない。歴史や地域差、都市と農山村、宗教や社会階層やジェンダーや年齢などを物差しに、例えば食文化を考えることが必要だ。インドの食文化なら、当然、「宗教と食」が重要だ。菜食主義者といってもいろいろあり、貧しいゆえに肉など縁がない経済的菜食者もいる。

 ここに書き出したようなテーマをどれだけ取り上げるかは、著者と編集者が相談して決めることだが、例え文章にしなくても著者は基礎知識として、一応頭に入れておく必要がある。その上で、どの程度詳しく書くか決めればいい。

 ラジオで、インド人の団体日本旅行をアレンジしている日本人の話を取り上げていた。中高年はインドから持参したレトルトパックなどインド料理しか口にしないが、若い世代は「すし屋に案内してほしい」など、日本料理にも興味を示しているという内容の話で、インドでもここ10年くらいで大都市に住む若者の食文化は大きく変わっている。中国人旅行者も、同じような経緯で日本料理になじんできた。

 インドの場合は、探せば英語の本やネット情報も多いと思う。スパイスの資料も多いので、この作業はそれほど大変ではないだろうが、どれだけ好奇心を広げられるかが問題だ。例えば、穀物や油脂の種類とその利用法。砂糖だって、いろいろな種類があり、しかも料理に砂糖は使うのかというテーマも、解答を探すのは簡単ではない。すでに多く出ている食べ歩き本やレシピ本のような本と違い、調べて考えてまた調べるという工程が加わる。食文化の本を書くとなると、経済史や政治や民族問題などその守備分野は広大で、頭を整理しないといけない。

 今年、旅行人から出るというインドの食文化の本では、食材や料理法などのリストを作って、いくつかのインドの言語に英語と和名、学名などが入ったリストを索引のように作るか、あるいは本全体を「インド食文化事典」のようにするか、方法はいくつもある(どやら、料理図鑑のようにするらしい)。ちょっと前に『沖縄ぬちぐすい事典』を紹介したのは、これがすばらしい食文化事典だからだ。野菜や魚貝類の話から、塩の話も1ページ分ある。カラー写真が多いから、チデークニとかシマグワというのがどういう姿をしているのかわかる。資料的価値が高い。

 読み物にするなら、極力カタカナは使わないことにしないと、読者がついていけない。地域の話をするなら、地図を載せないといけない。

 例えば、『日本の中のインド亜大陸食紀行』に、ゴングラという植物がよく登場する。gonguraは(アオイ科)だが、ウィキペディアでは「ケナフローゼルのこと」と、よくわからない説明がついている。どっちらかなのか、どちらも、なのか、さて。あるいは、「ティンムール」(ネパール山椒)というものが紹介されているが、ローマ字表記はtimburとなっている。さあ、どっちなのかと調べると、timurとtimburの両方の表記がある。学名はZanthoxylum alatumだろうか。四川料理でよく使う花椒Z.bungeanumに近いものらしいとわかる。ちなみに、日本の山椒はZ.pipertum。

 食材や料理などカタカナ語は、索引兼用の巻末付録としてリストをつけるという方法はある。脚注にすると、その語が何度か出てくると、そのたびに注をつけなくてはいけなくなる。

 食文化の本は、苦労に見合うほどは売れない。空前絶後の大著作を書こうとすると、手間ヒマ費用ばかりかかって、在庫の山ということになる。あるいは、そもそもそういう本は出ない。大作を書いておいてくれると、私のような者が助かるのだが、世の中に知りたがり屋はそうはいない。

 多くの読者が求めているのは食べ歩きと料理のガイドだからだ。