1379話 最近読んだ本の話 その12

 川下り

 

 新宿駅東口のブックオフは、新宿のディスクユニオン巡りのあとのお決まりのコースになっている。2019年最後のCDと本の買い出しに出かけたとき、ブックオフの棚で『たまたまザイール、またコンゴ』(田中真知、偕成社、2015)を見つけた。どれだけ売れているのか知らないが、古本屋での遭遇率は割と高い。つまり、よく見かけるということだ。それでも、私は読んでいなかった。チェコだのバルトだのと、ヨーロッパの本を中心に読んでいると、「アフリカの本は、今読まなくてもいいか」という気分だったからであり、なぜかこの本は古本屋でもそれほど安くなってはいないのだ。

 このブックオフでも、定価2300円(税別)が1480円だから、高い値付けだ。パラパラとページをめくると、傍線や書き込みが著しく、ちょうどそこに店員が通りかかったので、ページを開いて見せて、「これで、この値段?」と疑問と抗議の声を上げると、「あっ、失礼しました。これでいかがでしょう」と、手にしていた値段ラベルを貼る道具(専門用語では、ハンドラベラーというらしい)で新しい値札を貼った。「200円」。

 本の書き手は、読者がどう読んだかを知りたいだろう。この本のどこに傍線を引き、どういう書き込みをしたのか、著者の真知さんは知りたいだろうなと思い、200円で購入を決めた。

 著者へのプレゼント用に買ったのだが、私も書き手の端くれ、読者の読書の跡を点検してみたくて、読み始めた。この本の前半は、美人の妻とのふたり旅で、過去の旅行記を再編集したものだ。その過去の旅行記はすでに読んでいるのだが、真知夫妻はふたりとも、元大学探検部出身という経歴ではなく、脳みそが大腿四頭筋でできているような体育会所属でもない。木陰で静かに本を読んでいるのが似合うタイプなのに、小舟でザイール川を下るとか、よくもまあまあ、そんなひどい旅にかよわき妻を巻き込んだものだと思うのだが、それでも奥さんは拒絶しなかったのだから、似た者夫婦なのかもしれない。

 この本の後半は書下ろしで、2012年にまたしても小舟で同じ川下りをした旅行記だ。今度は若い友人と一緒だ。

 この後半部分を読んで、いままでの正統的な紀行文の最後の姿を見たような気がした。旅行先の政治・経済状況や歴史を書いておくというのは、従来のきちんとした紀行文の常識だったのだが、現在出版されているあまたの旅行記は、「行った、撮った」というだけのもので、足は動いても頭は使っていない。「調べる、考える」がないのだ。ジャーナリストでなくても、旅行先の概要はとりあえず押さえておこうという書き手は、世代的に言えば、蔵前仁一(1956年生まれ)と田中真知(1960年生まれ)と高野秀行(1966年生まれ)らが最後かもしれない。調べたことを文章化するかどうかは別として、基礎知識は備えてから書くという態度は、ネット時代に入った今、若い読者にはもはや時代遅れなのだ。旅行者の多くは、自分が旅をしている土地がどういう歴史があって現在に至っているのかなどということに興味はない。バカ笑いできる本か、人生を教えてくれる啓発本を求めているのだろう、もちろん若い読者全員じゃないがね。

 さて、この本の傍線、書き込みは、「なぜ、そこに?」という意味不明なものが多く、おもしろみに書ける。著者に対する批判や共感でも余白に書いてあればよかったのだが、そういうものもない。だから真知さんにはプレゼントしていない。しかし、あれほど傍線を引きながら読んだ人物は、送られてきた本を書評し、すぐに売り払ったプロの書き手ではないかと推察する。