1381話 最近読んだ本の話 その14

 ふたたび食文化の本

 

 田中真知さんの配慮で、名著『地球生活記 -世界ぐるりと家めぐり』(福音館)などすばらしい本の著者、小松義夫さんにまた会う機会を得た。世界の住生活をめぐる写真家で、私の興味にピタリと合う本の書き手なので、10時間でも20時間でも聞きたい話題は尽きない。小松さんの本をもっと読みたい。

 インド料理を食べながら、数時間雑談をした。話題がアフリカのことになると、「そういえば、最近、ブルキナファソの本が出ましたね」と私がいうと、「ああ、清水さんの本ね。彼、おもしろい人ですよ」と小松さん。その本、『ブルキナファソを喰う』(清水貴夫、あいり出版、2019)は、出版直後からアマゾンの「ほしい物リスト」に入れている。そのときはまだ読んでいなかったが、つい最近、読んでみた。

 読み始めてすぐ、嫌なことを思い出した。この本の最初の80ページほどは、いかにして研究者になったかという自伝、あるいは自己紹介である。280ページ足らずの本で、自己紹介にこれだけの紙数を割いた研究者の本と言えば、バックバッカーの研究書ということになっているらしい『旅を生きる人びと』(大野哲也世界思想社、2012)を思い出す。もしかして、若者への人生読本、啓発本として書いたのかもしれないが、私には全く不要だった。

 この本は、ブルキナファソセネガルの食文化について書いた本だと思っていたのだが、どうやらガイドブックのつもりらしい。この本のサブタイトルは「アフリカ人類学者の西アフリカ『食』のガイドブック」となっている。英語のサブタイトルは、”An Anthropological  Guidebook of West African Gastronomy”(西アフリカの文化人類学的美食ガイド)だ。

 西アフリカ料理図鑑としては、カラー写真が少ないというのが決定的な欠陥だ。何が写っているのかよくわからない白黒写真では、料理のガイドにはならない。もうひとつの欠陥は、このアジア雑語林の1373話と74話で書いたように、説明なしで出てくるカタカナ語の処理だ。例えば、「マジー」(化学調味料)。現地でそのように呼ぶのかもしれないが、これを「インスタントスープなどでおなじみのマギー(maggi)」のように書いてあれば、日本人にもわかる。「ムトン」という肉の話が何度か出てくるが、羊肉のフランス語のことだろうが、フランス語を使いたいなら解説が必要だが、なぜ「羊肉」ではいけないのだろうか。あるいは、フランス語名「オゼイユ」という植物が説明なしで出てくるが、日本語で「スイハ、スカンポ」とすれば、わかる人はいる。「パーム・オイル」は、それがどういう素性の油なのか明らかにしていない。読者は、著者と同じくらい西アフリカの食材に詳しいわけではないのだから、基礎からのガイドが必要だ。コメの話を少し書いているが、西アフリカのコメ食の歴史も踏まえておく必要があるのではないか。

 普通に考えれば、まず市場の話を書き、そこで売られている穀類や野菜や果物や肉や魚や調味料や調理器具の解説をしておかないと、話が進まないと私は思うのだが、著者の考えは違うらしい。

 私はアフリカの素人だが、明らかな間違いや疑問をあげておく。

ソルガム(シコクビエ)ソルガムコーリャン、モロコシ)。モロコシの学名はSorghum bicolor。

ムンバイからナイロビは4~5時間だそれは無理だ。6時間以上かかるはず。

インドなど南アジアでは(中略)小指以外の4本の指の指先でつまむようにしてとって口に運ぶが、アフリカでは指全体を使っているイメージがある「4本の指」と「指全体」の違いがよくわからない。「指全体」とは「手の平全部」ということか? インドでもどこでもコメの飯は、指先だけで食事をするのは上流階級の優雅な食事風景だけだろう。

バオバブとカポックによく似ていて、ブルキナファソ人もよく間違える(要約)ホント?! 似ていないけどなあ。

カフェ・トゥーバは正確にはコーヒーではないが「コーヒーにスパイスを入れたもの」とウィキペディアにある。それで思い出したのは、ケニアの海岸の町モンバサで飲んだコーヒーはピリピリと辛かった。その正体を調べなかったと、いまごろ後悔している。

 というわけで、ただの旅行者が書いた本ならともかく、長年の滞在経験のある文化人類学者が書いた本だと考えると、いくらブログをもとにしているとはいえ、もう少し何とかならなかったと思う。西アフリカの私の知識は、食文化の話を含めて川田順三の著書に負うところが多い。「スンバラ味噌」の話など、40年たってもまだ記憶の断片に残っている。

 外国の事情を日本の読者によりよく伝えるには、次の3点のどれかが必要だ。

1、的確で見事な日本語で表現する。

2、具体的な理解のために、写真やイラストなどが適切に用意している。ただし、写真の点数が多ければそれでいいというわけではない。

3、充分な情報がそろっている。

 例に挙げた川田順三の2冊の本は、1を充分満たしていたから、40年後も内容を覚えていたのだ。今なら、条件2と3に力を入れれば、別の名作が生まれただろうにと思うのだが・・・。