1383話 「応答せよ」と韓国現代史 その1

 現代生活史

 

 もう数年前になってしまうが、女子栄養大学准教授の守屋亜記子さんと会ったら、開口一番「前川さんが好きそうな韓国ドラマがあるんだけど・・・」と話し出した。

 私と守屋さんとの会話はいつも「前略」だ。いきなり始まるが、テーマはいつも韓国の食文化の話だ。守屋さんは韓国での長い生活&調査経験があり、今の食生活の話をしてもらえるのが楽しい。例えば、こういう話題だ。

 デパートやホテルの職員など接客が仕事の人は、日本では勤務中に餃子やキムチなどは口にしないのは当たり前だ。うどんやそばを食べるにしても、ネギは避けるのは常識だろう。では、韓国ではどうなんだろうと、ふと思った。

 「まったく気にしてませんよ。私、韓国でホテルの従業員に日本語を教えていたことがあるんですが、そのホテルの社員食堂にはもちろんキムチもありますよ。料理にニンニクを使わないなんていうことはありえない。恋人とデートだから、昼にキムチを食べないなんてこともない。どうせ、ふたりはデートで韓国料理を食べるんだから、ニンニクの臭気を気にすることなんかないんですよ」

そういう貴重な話を聞きながら、いつも不満を口にしていた。日本語では、そういう韓国食文化雑談の本もないし、それ以前に韓国現代生活史の本が見つからないのだ。政治史や経済史の本なら山ほどあるのだが、韓国人の生活、特に1945年から現在までのこまごまとした生活史がわかる資料が見つからないのだ。韓国では出版されているのか、日本語でも論文や雑誌記事などではあるのかと、守屋さんと会うたびに聞いているのだ。

 日本の現代生活史に関する出版物は、ありがたいことにいくらでもある。『増補版 昭和・平成家庭史年表』(河出書房新社、2001)など厚い本が何冊も出ている。物価の話なら、『値段の風俗史』(朝日文庫)が唯一無二だ。そのほか、音楽でも食文化でも、さまざまなジャンルの戦後史年表がある。そういう内容の韓国版を読みたいのだ。

 マレーシアの現代史資料は、“Chronicle of Malaysia 1957-2007”(2008)をクアラルンプールで買った。百科事典よりも大きく重く高い本だった。今アマゾンでこの本を調べると、”1963-2013“(2014)という新版が出ていることを知った。アマゾンで旧版は5875円、新版は4803円。新聞記事を編集したもので、写真も豊富に載っている。

 旧版を買って帰国してアマゾンで調べると、日本で買ってもそれほど高くないことがわかり、”Chronicle of Thailand”(2010)を買った。アマゾンでも購入記録を見ると、2010年4月に3620円で購入したことがわかる。この本は現在プレミアがつき、最低でも4万円ほどする。ほかに“Chronicle of Singapore 1959―2009“も出版されているが、このシリーズは3冊で終わった。

 台湾では中国語版だが、すばらしい本が出ていた。すでにこのアジア雑語林で紹介したことがあるのだが、台北の誠品書店で見つけた『台湾世紀回味』シリーズ全3冊だ。1895年から2000年までの歴史百科で、それぞれの巻は、『時代光影』、『文化流轉』、『生活長巷』というタイトルがついて、総合的な歴史と生活史、文化史の事典になっている。以下の資料で、内容の一端がわかる。

http://best100club.com/Taiwan-Scanning/

 定価各2000元、7300円である。そのくらいしてもおかしくない内容だが、重いということもあって、「台湾の本を書くわけじゃないし・・・」というわけで、書店でちょっと立ち読みしただけで買わなかった。

 台湾の魅力的は現代史の出版物についてアジア雑語林で書いたのは557話(2013-12-05)だ。

https://maekawa-kenichi.hatenablog.com/entry/20131205/1386260870

 その後、日本語でも台湾現代史図鑑のような本が出るようになったが、「すばらしく懐かしい日本時代」一辺倒になってしまうきらいがあるし、詳しさでは『台湾世紀回味』が群を抜いて優れている。上記557話の最後に、台湾のネット書店「博客来」を紹介したが、今その書店で『文化流轉』を600元(約2200円)ほどで売っているのを確認したが、まあ、今はいい。

 タイ、マレーシア、シンガポール、台湾では生活史のすばらしい本が出ているのに、韓国ではどうなのかと、守屋さんに会うたびに聞いているのだ。韓国語版でも写真が多くあれば、その説明くらいなら辞書を引いて読むのだが・・・。数年前に守屋さんと会って、出版物で現代生活史の資料は見つからないけれど、ドラマならあるよという話だった。