1397話 ユーチューブ遊び 第2回

 パッタイの赤いソース その2

 

 パッタイに入れる水分はいくつかある。まず、水だ。パッタイは、コメから作った乾燥麺を使うことが多い。屋台の料理だから、麺をゆでたり熱湯に浸す手間を避け、麺は乾燥したまま鍋に放り込むことが多い。いわば、インスタント焼きそばの要領だ。麺を入れたら、すぐに水を入れる。柔らかくなりすぎないように、水は数回にわけて注ぐ。

 だいぶ前になるが、屋台でパッタイを作っているのを眺めていて、鍋に水を入れたあとビン入りの透明な液体を注いだので、「それは、なに?」と聞いたら、「酢です」という答えだった。

 タイには大別してタイ料理と中国料理があり、食堂では両方の料理が混在しても、屋台料理ではその両者があまり交わらない。タイの食文化研究では、そのあたりの事情を頭に入れておくことが重要だ。コメなどから作る酢という醸造品は中国的な食品だ。タイ人(タイ族)が酸味を欲しい場合は、マナオ(ライムのような柑橘類)など果物を使うか、タマリンドマメ科 Tamarindus indica L)の熟した果肉に水を加えて絞った汁を使う。この汁は甘酸っぱい。

 手を抜かない店なら、パッタイにはこのタマリンドの汁を入れるのだが、手間と費用を惜しむ店では、醸造酢を使うことがある。パッタイに入れる液体は、ナンプラーなどの塩味調味料を別にすれば、水、タマリンド汁、酢の3種しか頭に浮かばない。トマトソースのような真っ赤な汁は、ほかのタイ料理でも知らない。

 パッタイ専門店では、あらかじめ専用ソースを作っておくことがある。基本材料はヤシ砂糖、タマリンド汁、ナンプラーなのだが、それだけでは赤くはならない。赤い色の正体を調べたい。

 ここはひとつ、タイ人に教えてもらわないといけない。「パッタイ」や「Pad Thai」で検索していてはわからないので、タイ語の「ผัดไทย」で調べてみた。こうすれば、タイ人が発したタイ人向けの情報だとわかる。

 話がちょっと横道にそれるが、英語以外の言葉で検索したいが、普通のキーボードでは外国語が打てないというとき、私は日本語か英語で検索し、知りたい外国語、例えばタイ語の表記が出てきたら、それをコピーして検索語にする。韓国語も同様、ベトナム語やフランス語などもいちいち記号をつけるのが面倒だから、この方法を使う。中国語も簡体字を探すのが面倒なので、このコピペ法を使う。

 さて、タイ語でユーチューブ検索をすると、料理の先生の動画がすぐに見つかった。パッタイの食材がテーブルにのっている。ボールに入った赤いものがふたつある。ちょっと色が薄いものは、「ナム・チム・カイ」と説明された。日本でも「Sweet Chilli Sauce」の名で100円ショップでも売っている。たっぷり甘いトウガラシソースだから、私の苦手な調味料だ。タイにもさつま揚げがあり、路上でも売っているのだが、そのときに添えられる調味料がこの極甘辛ソースだ。調味料なしでは味気ないが、甘いのも嫌だと苦しむのがこの時だ。タイ料理も韓国料理も、甘さがせめて半分になったらうまくなるのになあと、いつも思う。

 さて、ボールに入ったもうひとつの赤いもの。料理の先生は、「ソース・マクアテート」と言った。マクアテートはトマトだから、トマト・ソース。えっ、タイの屋台でパッタイにトマト・ソースを入れる時代になったのか。おいおい、だ。しかし、まてよ。「ソース・マクアテート」の直訳はトマト・ソースだが、正しく翻訳したら、ケチャップだ。トマト・ピューレーのようなトマトだけのペーストはタイ人には縁がないので、「トマト汁」といえば、ケチャップのことなのだ。

 パッタイ用ソースの作り方を紹介した別のサイトでは、その材料にパプリカのような甘種トウガラシのペーストにトマトケチャップを加える工夫も紹介されている。赤い色の正体は、トマトか辛くないトウガラシだ。

 うん。ケチャップならわかる。ベトナム戦争の影響で、タイは1950年代からアメリカの強い影響下に置かれた。タイ人には人気のない料理だが、「カオパット・アメリカン」というものがある。文字通り訳せば、「アメリカ式炒飯」で、ケチャップ味の炒飯だ。今はケチャップ味のパッタイを出す店もあるということだが、多分まだ一般的ではないだろう。

 ケチャップで真っ赤にしたパッタイを、「パッタイナポリタン」とはまだ誰も呼んでいない。