1404話 食文化の壁 第2回

 外国料理の壁 乳製品

 

 日本人にとって、高くそびえる外国料理の壁は何だろう。

 歴史的に見れば、明治期に始まる西洋料理の流入で、バター、チーズ、クリームなどの乳製品が壁だっただろう。そういう臭気を「バター臭い」といって嫌った。西洋料理が日本に入って来て100年以上たった今でも、この「バター臭い」嫌いは程度の差はあっても残っている。

 10年以上前の話になるが、高校時代の友人がフランスの旅行社に勤務をしているのを利用して、フランスでミニ同窓会をやろうという企画が持ち上がった。私は団体旅行が嫌いだし、その時期はスペインかポルトガルあたりをぶらぶらしているからと参加を断った。

 10人ほどが参加して、フランス旅行が実施された。パリ在住の友人が知恵を絞りコネを生かし、豪華だが安価なツアーを実現したらしい。しばらくしてイベリア半島から帰国した私に、フランス旅行の話を肴に宴会をやるという誘いがあり、カルチャーショックの話を聞きたくて出席した。

 「旅行中に食べたもので、いちばんうまいなあと思ったのは何?」

 そうたずねると、間髪を入れず、返答があった。

 「パリでラーメン食ったよなあ。あれ、けっこううまかった」

 「そうそう。ほら、バスでおせんべい食べたじゃない。あれもおいしかったわね」

 「フランス料理は?」

 「あんなもの、1回食えばいい。日本人は刺身ですよ。冷ややっこですよ、何と言っても」

 そう言った男は、日本の食べ物以外食いたがらないということはすでに知っていたから、旅行中すぐに音を上げると思っていた。私の予想は大当たりだったのだが、ほかの参加者も豪華フランス料理にやがて音を上げ、こぞってラーメンを食べに行ったという。バターやチーズやクリームにやられたのだ。それが、50代の東京近郊に住んでいる日本人だ。

 1980年代のバブル期に、おしゃれな外国料理がフランス料理からイタリア料理に移った理由の一つは、「あっさりさ」だと思う。バターや生クリームや複雑なソースを作り出すフランス料理から、オリーブオイルとニンニクとシーフードのイタリア料理に人気が移ったのだ。

 日本人は乳製品に弱いとか、食べると下痢するとよく言われた。これは故なきことではない。乳糖不耐症という体質で、日本人の75%が牛乳やチーズの乳糖を消化するラクターゼが欠如、あるいは不足しているのだ。これは日本人だけの体質ではなく、乳製品を食べ慣れていない東南アジアや東アジアの民族にも多くみられる。

 今ではだいぶ変わったかもしれないが、タイの牛乳は、注意深く探さないと甘い物を買うことになる。イチゴ味とかパイナップル味という味付けをしないと、牛乳がなかなか売れなかった。チーズは、スーパーマーケットができるまで置いている店は少なかったし、スーパーで売るようになっても、買うのは外国人だった。

 日本人もタイ人も韓国人も、チーズをよく口にするようになったのは、ピザを食べるようになってからだと思う。「米食民族はチーズが苦手」が食文化の法則だと思っていたのだが、タイでもピザはたちまち人気になった。日本では、その前段階にあるのが、プロセスチーズをソーセージ状にしたり、シート状にして「溶けるチーズ」として売り出した。そしてピザでチーズに慣れて、ブルーチーズなども口にする日本人が次第に増えていった。

 今では乳製品に慣れた日本人も多くなり、「大好き」という人も、昔と比べれば増えたと思うが、その量と頻度にはまだ慣れていない。ひと皿のフランス料理は「うまい」と感じても、フルコースディナーを食べると、「しばらくは、いいか」と感じるらしい。私にはその体験がないので「らしい」としか言えないが、バター、生クリーム、チーズを大量に使った昔ながらのフランス料理を毎日食うことになったら、私も1週間か10日か、そのくらいで、「もういいよ」となるだろう。いつも貧乏な旅行者は、「もういいよ」と言いたくなるほどの豪華料理を1度でさえ口にしたことがないので、あくまでも想像の話である。