1409話 食文化の壁 第7回

 外国料理の壁 淡水魚

 

 タイの食文化の本を書こうとした時の話だ。野菜やスパイスや魚貝類や調味料など、料理に使うすべての食材を調べることから始めようと思った。野菜や果物の調査は素人だけに資料探しに数年かかったが、比較的楽だった。スパイスやハーブはてこずったが、少しずつわかってきた。もっとも手がかかったのは魚貝類だった。タイ人がよく食べる魚は海水魚よりも、淡水魚がはるかに多い。タイ南部は半島だから西も東も海なのだが、中部から北は海から遠くなり、川や池と暮らす生活になる。

 タイ人が日常的によく食べる魚は淡水魚で、日本語や英語の食用淡水魚の資料があまりないのだ。日本語の資料で熱帯の魚を探すと、観賞用熱帯魚の本ばかりで、タイの市場で売っている魚の正体がわからない。資料を読んでも、知らない魚ばかりだから、「ああ、あれか」とはならないのだ。タイ語の資料も買ったが、観賞魚の資料がほとんどだ。

 中国も、国土の広さに比べると、海岸線が短い。伝統的には、日ごろから海産物を口にしている中国人は少ない。海産物は干物などに加工されたものが多い。多くの中国人は、淡水魚を食べてきた。中国の水田は稲を育てる場所であり、魚を育てる池であり、アヒルを育てる池でもある。魚やアヒルは田の虫を食べ、糞は肥料になり、農民はコメと魚とアヒルが手に入る。そういうシステムが完成していたのだ。

 タイの稲作は、中国人(移民)ではなくタイ人(タイ族)がやったので、そういう複合的稲作はしていないようだが、中国移民は養魚場を作って、魚を商品にした。

 さて、日本ではどうか。商品となって全国の魚屋で売っている淡水魚は、あるか。ウナギは焼いてある。アユを見かけることはある。地域によってはコイやイワナを売っているだろうが限定的だ。日本では、タイのように、一年中、大量の淡水魚を売っているということはない。道路網が整備されるまでは、内陸部に生の海産物が運ばれてくることはなかったが、養魚は長野のコイくらいしか知らない。明治に入ってからは、十和田湖のヒメマスのように養殖が始まるが、どうも、基本的に、日本人は海水魚が大好きなのだろう。タイ人がもっともよく食べている魚は、おそらくライギョナマズ類だろう。ナマズと言っても、日本人が思い浮かべる「ヒゲが生えている」ようなナマズだけではなく、こういうナギナタナマズもよく食べる。

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 タイ人は淡水魚ティラピアもよく食べるが、日本人には人気がない。チカダイやイズミダイという名で売り出そうとしたが、うまくいっていない。タイの仲間ではないが、食べた感じはタイで、から揚げがなかなかうまい。淡水魚という感じはしない。ケニアトゥルカナ湖のほとりで初めて食べたのだが、塩味の強い干物を揚げたもので、アフリカの内陸部でこんな魚が食べられるとは思わなかったから、感動的にうまかった。ライギョもうまい魚だ。

 外来種として問題になっているブラックバスソウギョやハクレンなど、キャッチ&リリースなどという生殺しの遊びなどせず、食えばいいのだが、うまい海水魚があると日本人は淡水魚に食指が伸びないようだ。