1411話 食文化の壁 第9回

 温度

 

 ユーチューブで、紅茶通の人やイギリス人が力説する「おいしい紅茶の入れ方」が、私にはチャンチャラオカシイと思えてしまうのだ。

 例えば、こういう解説だ。

1、ポットに熱湯を入れてあたため、その湯をカップに注いでカップも温める。

2、ポットに茶葉を入れる(茶葉かティーバッグかにこだわる人は少ないようだ)。

3、ポットに熱湯を注ぐ(boiled waterではなく、boiling waterだと何度も強調している人もいる。you tubeの情報です)。

4、ポットにカバー(これを、tea cosyという)をかけて、数分待つ。

5、カップに冷たいままのミルクを入れ、紅茶を注ぐ。あるいは、紅茶が先でミルクが後。この論争は昔からある。

 さて、問題はミルクだ。今の時代、牛乳は冷蔵庫に入っているから、冷たい牛乳だ。「牛乳は温めておくべきだ」という主張はあまりない。だから、せっかく温め続けてきた紅茶が、牛乳を入れたことで一気に冷める。日本のコーヒーミルクのようなものなら、少量だからそれほど冷めないが、冷蔵庫の牛乳をたっぷり入れたら、当然冷める。紅茶のカップはコーヒーカップと比べて薄く口が広いから、冷めやすい。

 そういう話をイギリス人に話したら、「冷たいミルクを入れるから、ちょうどいい温度になるんだよ」という。私は阿藤快になって、「なんだかなあ」と言いたくなるのだ。

 ミルクを温めるのは手間がかかるし、温めたミルクを入れたら、猫舌のイギリス人は紅茶を飲めなくなる。イギリス人の「飲むのにちょうどいい温度」は、日本人にとっては生ぬるい温度だ。

 余談だが、先日のテレビ番組で、「イギリスでは紅茶に砂糖は入れない」とイギリス人が語っていたが、私の見聞やあまたある動画を見れば、「それは間違いだよ」と言える。紅茶に砂糖を入れる人は日本人よりも少ないが、「イギリス人は紅茶に砂糖を入れない」と断言してはいけない。もうひとつおまけ。you tubeの発言だから全面的に信じてはいけないのだが、あるイギリス人が、「アメリカ人の85パーセントは紅茶に氷を入れる。イギリス人の95パーセントは紅茶にミルクを入れる」という解説があった。アメリカ人の紅茶はアイスティーだというのだが、繰り返すが、この情報の信頼度はわからない。

 さて、温度の話だ。

 伝統的に言えば、あつあつ(熱々)の飲み物を飲むのは、中国人と日本人しかいない。朝鮮ではお茶を飲む習慣は儒教を重要視するようになって、消えた。お茶ではなく、料理の温度を問題にするなら、中国、朝鮮、日本の東アジアは「あつあつ」文化圏だ。これは、箸の文化圏だ。

 箸を使えば、あつあつの料理が食べられるが、手食文化圏に「あつあつの料理」はない。東北タイの家庭には、盆のようなものがある。蒸しあがった飯をこの盆に移し、冷ましてから食卓に出す。蒸したての飯は、熱くて手でつかめないからだ。料理も同じように、あつあつではない。ヨーロッパの食文化でも同様で、「あつあつのスープ」は、日本人など東アジアの人間が認識する「あつあつのスープ」、ふーふーと息を吹きかけないと熱くて飲めないほどの温度ではないと思う。そもそも、ヨーロッパも手食の習慣が長い。

 だから、東アジアの人間以外、背油が浮いているラーメンなど、冷まさないと飲めないのだ。西洋人がゆっくりラーメンを食べているのは、ゆっくり食事をする習慣のせいだと思っていたが、熱すぎるからではないかと想像している。タイの汁麺だって、「ふーふー」してスープを飲んだ記憶はない。

 東アジアは、「高温」という食文化の壁で囲まれている。逆に言えば、世界のほとんどの人は、東アジアの人間から見れば猫舌なのだ。