1412話 食文化の壁 第10回

 食事時間

 

 長年、添乗員として日本人客を世界に連れて行った人にインタビューをしたことがある。「日本人旅行者と食事」をテーマにいろいろ話を聞いた。その昔、1970年代から80年代初めあたりまでは、ヨーロッパ旅行の食事の1回は日本料理店に行くスケジュールになっていたが、のちに食事内容から日本料理は抜けた。その理由は、従来よりも、旅行日数が短くなったことと、外国の日本料理に文句を言う客が増えたせいだという。昔なら、コメの飯にちょっとした煮物と味噌汁と漬け物があれば、「ああ、日本料理だ!」と喜んだ客が、「なんだ、このマグロは」などといろいろ文句を言うらしい。しかも、日本料理は高いから旅行予算を圧迫する。西洋料理なら安くできて、日本人客にはその原価がわかりにくい。そういうような理由があって、通常の旅行だと、「日本料理店で夕食」という日程が削除された。ツアー料金を安く見せるために、食事付きのツアーそのものがだんだん減っていった。

 ベテラン添乗員と、食事と時間の話もした。

 バスで移動する団体客は、食堂に着いて5分以内に料理が出てこないとぶつぶつ文句を口にする者が出てくる。10分してもテーブルに何も出てこないと、添乗員をにらむか、「おい、料理は!」とはっきり口にする。だから、日本人客には、料理の味よりも「早く出す」ことが重要なのだ。

 「日本人観光客と食事時間」の話には、こういうのもあった。

 「客によっては、食べ始めて20分が限界ということもあるんですよ」という。20分から30分すると、「近所を散歩してくる」とか「ちょっと買い物に」とか「写真を撮りたい」とか言って中座する客が出てくるのだという。

 「ということは、スペインやイタリアのように、2時間の食事というのは・・・」

 「はい、拷問です」

 ツアー客同士、談笑しながら食事を楽しむというのが、日本人には苦痛らしい。「酒も飲まずに、よく話ができるよな」という人に会ったことがある。夕食に酒があっても、知らない人と談笑する経験がないから、できるだけ早く食卓から離れたいらしい。知り合いとの宴会なら朝までだって楽しめるが、旅行先の、特に昼食だと、食事は「なるべき早く済ませたい作業」になることが多いらしい。日本人並みか、日本人以上にすぐさま食事を終えるのは、せっかちなことで知られる韓国人かもしれない。

 私はツアーを知らないから、黙って素早く食事をするのは、おっちゃんの傾向かもしれないと想像する。知らない者同士でも、おばちゃんの団体旅行だと、食事中も談笑が絶えないのだろうか。世界のおばちゃんたちを批判しているのでは決してないが、日本の男は大した内容のない世間話を続けることがなかなかできないのだ。社交性の問題だ。おっちゃんから、仕事と野球の話をはずすと、会話が成り立たなくなるらしい。違います?