「4歳児をなめんなよ」
あるテレビ番組で、4歳の時に両親が離婚することになって、いろいろ苦しんだという男の話を受けて、おぎやはぎの矢作兼が「4歳児をなめんなよ」と言った。矢作自身、小さいころ両親が離婚することになり、父と暮らすか母と暮らすかの決断をすることになった。「母と暮らすと言えば、父が悲しむ。父と暮らすと言えば、母が苦しむ。4歳児だって、両親を悲しませないようにするにはどうしたらいいのか考えているんだよ。ガキだからって、何にも考えてないわけじゃない。4歳児をなめんなよ」
関ジャニ∞の横山裕も、そんなことを話していた。自動車の中で両親が離婚の話をしているのを、後部座席の彼が聞いている。そのときの車の外の風景もよく覚えているという。子供は、大人が考えているほど子供ではない。
これから話そうとしているのは離婚ではなく、音楽の話だ。
幼い時に聞いた音楽が、その後の音楽の趣味嗜好の方向がすでにある程度決まっていたようなのだ。私は1950~60年代のジャズや、60~70年代のR&Bが大好きなのだが、その趣味の基礎は1960年代初めあたり(つまり1952年生まれの私が10歳未満)ですでに決まっていたような気がするのだ。10歳未満、もう少し年齢をあげて「小学生まで」とすれば12歳までということにしてもいい。自分のラジオは持っていないし、好きなラジオ番組にダイヤルを合わせることもしていない。ラジオから一方的に流れ出てくる音楽の中で、心に届いたものが記憶に残り、のちにその曲名や演奏者名を知ることになる。クラシック音楽なら、親が「名曲」を聞かせたりするだろうし、「父が大学時代ジャズをやっていて・・・」という家庭なら、ビッグバンドジャズやフランク・シナトラがリビングルームに流れているということがあるだろうが、我が家ではそういう音楽環境にはなかった。
以下、小学生時代に聞いて、「これはいい!」と感じた音楽を書き出してみる。( )内は発表年だが、当然、私がその年に聞いているわけではなし、聞いた当時に曲名や歌手名を知っていたわけではない。ずっとあとになって、「ああ、そういうタイトルなのか」としった曲も少なくない。
- Only you(1955) ザ・プラターズ
- What’d I say(1959) レイ・チャールズ。彼の歌は、ほかに「Georgia on my mind」(1960)や「I can’t stop loving you」(1962)など、60年代にはよく聞いた。
- Work song(1960) 作曲したナット・アダレイが吹き込み、兄のキャノンボール・アダレイも同じ年に発表している。私が何度も聞いたのがどちらのバージョンであったかわからないが、高校生以降の記憶では「キャノンボールの曲」と認識していたらしい。
- Sherry(1962) The Four Seasons 。のちに、フォーシーズンズをモデルにした映画「ジャージー・ボーイズ」(2014)を見たとき、「ああ、これも彼らの歌だったのか」と初めて気がついた歌が何曲かあった。
- The Cat(1964) Jimmy Smith。今調べると、ビルボードの12位になったらしい。あの時代、ジャズもヒットチャートに入っていたのだ。この曲は、どうも何かの番組のテーマソングだったのではないかという気がする。番組テーマ曲とジャズの話は、いずれ改めて。
- The in Crowd(1965) Ramsey Lewis。この、ねっとりしたピアノが好きだった。中高校生時代にラジオでよく聞いた。CDを買ったのはそれから40年以上たってからだ。長年の憧れが爆発し、十数枚の大人買いをした。が、この曲以上のものはなかった。
音楽史の上では、1960年代なかばは、プレスリーからビートルズに変わる時代なのだが、私はプレスリーには何の興味も抱かなかったし、ビートルズにも熱をあげることはなかった。ロックに足を踏み入れることもなかった。オーティス・レディングやアレサ・フランクリンなどを聞いていた。どうも、白人音楽に食指が動かなかった。