1421話 音楽雑話 第3回

 FENを聞く

 

 中学生のころだ。投稿ハガキを読むだけか、やたらにしゃべりまくる深夜放送にうんざりして、音楽を流している局はないかと探していた。そのとき、英語しかしゃべらない局が見つかり、北朝鮮朝鮮語放送のように、外国の放送が日本に流れ込んできたのだろうと思い、興奮した。「日本にいても、アメリカのラジオが聞こえるんだ!」。日本を出たい。外国を見てみたいと思っている日本の少年にとって、「外国のラジオ放送を見つけたぞ!」という喜びだった。電波を知らない中学生だった。

 ラジオの番組表をみて、その局がFENだということを知り、番組でしばしば” Far East Network , American Forces Radio”とか”Yokota base”と言っているのを聞き、米軍放送だと知った。横田基地(東京都武蔵村山市)を「ヨゴダ・ベイス」のようにアメリカ式の発音をしているのに気がついた。東京で放送しているのだとわかったが、アメリカ本国で制作された番組テープをそのまま放送していることもあるとわかってきた。そうだった、昔はFENの番組表が新聞に載っていたのだ。

 時間帯によるのか、それとも「グットモーニング・ベトナム」のように、軍上層部からの指示なのか、激しいロックはあまりかからなかったような気がする。(右翼・保守勢力が大好きな)カントリーが多く、深夜の深い時間になると、R&Bが流れた。伝説的DJウルフマン・ジャックをよく聞いていた記憶もあり、今調べてみると、1970~86年に”Wolfman Jack Show”を放送していたようだが、どういう音楽を流していたかという記憶はない。1980年代に入ってからだと思うが、毎朝3時20分ごろになると、なぜかBilly Paulの泣き節”Me and Mrs. Jones”が流れてきた。この歌がダブル不倫の歌だと知ったのはもう少し後のことだ。

 熱心にFENを聞いていたわけではなく、本を読んでいるときのBGMではあったが、もしかすると、のちの海外旅行に多少は役に立ったかもしれない。英語を覚えたというわけではない。バカ話か、「青春とは」とか「生きるとは」と言ったことを語りたがる深夜放送にうんざりしてFENを流し続けていただけなのだが、旅に出ても英語だからと身構えるとか緊張する「英語恐怖症」はなかった。学校の英語の成績は、それはもうひどいものだったが、FENを聞いていることで、少しは英語の耳ができたのかもしれない。

 ちなみに、FENAFNと変わった現在でも、時々聞いている。台所でラジオを聴きながら料理をしていて、どこの局も一斉に野球中継をする夏になると、AFNNHK第2放送の外国語番組を聞いている。

 

 私はテレビの大橋巨泉が大嫌いだった。セミリタイアなどと言わず、完全に引退し、テレビ界から去ってほしいと思っていた。しかし、60年代のラジオの大橋巨泉はジャズに対してジャズ評論家として向き合い、茶化すことはなく、真摯に解説をした。歌詞の意味を解説したり、ジャズのごく初歩を教えてくれた。ジャズを語るときは、テレビでよく見る「俺が、オレが」の巨泉ではなかった。晩年、永六輔に対して黒子にまわって支えている姿は、それまでの「テレビの巨泉」ではなく、意外であった。あの巨泉がアシスタントであり介護者であった。永六輔、2016年7月7日没。おそらく、その死を知らずに、大橋巨泉は4日後に死んだ。

 大橋巨泉と共にビリー・ホリデイの自伝『黒い肌』(のちに改題され『奇妙な果実』)を翻訳した油井正一のラジオ番組、「アスペクト・イン・ジャズ」(1973~79)をよく聞いた。時代は「天気予報番組のBGM」にふさわしいフージョンに入りつつあり、そういう音楽が性に合わない私には、1920年代のビックス・バイダーベックキング・オリバーなど、ジャズの歴史をさかのぼって解説してくれる好番組だった。現在は、大友良英の「Jazz Tonight」(NHKFM 土曜23時)をよく聞いている。大友と音楽の趣味はだいぶ違うが、自分ではまず聞かないジャンルの音楽が放送されるので、「ふーん」と聞いている。