1430話 音楽雑話 第12回

 イージーリスニング

 

 年齢とともに、好みの音楽が広がっていくのは楽しいものだ。好みが移るのでも、変化するのでもない。いままでよく聞いていたジャンルの音楽に、新たに別のジャンルの音楽が加わり、音楽世界が広がっていくということだ。

 初めは、「映画音楽って、よかったなあ」というひらめきだ。かつて、1970年代あたりまでは、映画音楽がヒットチャートに入っていた。ラジオ少年だった私は、あの時代毎日のように映画音楽を耳にしていた。「ひまわり」、「おもいでの夏」、「ディアハンター(カバティ-ナ)」、そして「ニュー・シネマ・パラダイス」などなど。あれから時間がだいぶたって、突然「映画音楽って、よかったよなあ」という記憶がよみがえったのだ。

 すぐさま、「映画音楽大全集」のようなBOXCDをいくつか買い込んで、たっぷり聞いた。しばらくして、ブックオフの280円CDコーナーにイージーリスニングのシリーズが並んでいたので、まとめて全部買った。アルフレッド・ハウゼ、レイモン・ルフェーブル、パーシー・フェイス、フランク・チャックスフィールド。ヘンリー・マンシーニもあって、もちろんそれも買った。

 小生意気な中高校生時代、この手の「ムードミュージック」が大嫌いだった。実際にはもちろん知らないが、ナイトクラブとかホテルのコーヒールームとか、いかにも「大人の世界」の音楽のようだった。レコード会社は古臭いムードミュージックの売上上昇を企画したのか、「イージーリスニング」という新しい名称をつけた。多分、レコード会社が作り上げた名称だろうが、かつて「ラブサウンズ」という名称もあったが詳細は不明。あれは、ポール・モーリアの音楽につけたものだったか? 「ムードミュージック」は好みに合わなくても、映画音楽の、とりわけ「サウンドトラック」は好きだった。

 広い意味のイージーリスニングをすべて好きになったわけではない。カクテルピアノは好きではないし、「歌のない歌謡曲」とか「琴で奏でるポップス」といった音楽も好きになれない。そういう音楽を送り出してきた人のエピソードを、ちょっと。

 「youは何しに日本へ?」(テレビ東京)を見ていたら、サファリジャケット姿の貧相な初老の男がインタビューを受けていた。日本へ来た理由は、コンサートのためというその人は、フランス人ピアニスト、フィリップ・ロベール・ルイ・パジェス。芸名はリチャード・クレーダーマン。

 そういえば、タイの新聞に載っていた喜多郎のコンサート評が記憶に残っている。「こういう音楽が性に合わないという人は、おうちに帰って、リチャード・クレーダーマンでも聞いていなさい」というものだった。「あんまり変わらないじゃん」と私は思ったが・・・。

 タイと言えば、知り合いのミュージシャンが出るというのでバンコクのライブハウスに行った。終演後、ドラマーが「明日は、アメリカ人のミュージシャンと共演だ」というから、翌日も出かけた。客は40人くらい、最前席しか空いてないから、手を伸ばせば楽器に届くくらいの位置だ。じつにつまらない演奏だったので、友人には悪いが20分ほどで店を出た。

 後日、その友人に会い、あの夜の話になった。

 「あのアメリカ人、つまらない演奏だったよね。電気楽器の調整ばかりやっていて、まともな演奏じゃなかった」

 「ふーん、まあ、一応、有名なミュージシャンではあるけどね」

 「有名なの? 知らない顔だなあ」

 「ケニー・Gっていうんだけど、知らない?」

 「知らない、まったく。聞いたこともない」

 その当時、すでに世界的に有名だったのだが、私は本当に知らなかったのだ。興味のない音楽だから。