私が好きな日本の歌 その3
さあ、3回目。これが最後。
かもめはかもめ(1978)・・・研ナオコは中島みゆきに出会ってしあわせな歌手人生を送ることができた。何しろ、この私が研ナオコのCDアルバムを買ったのだから。
化粧(1978)・・・中島みゆきの名作だが、本人歌唱の音源がネットにはないので、島津亜矢のカバーを。同じ年に発表された次の「窓の外は白い雪の夜」(作詞:松本隆、作曲:吉田拓郎)と合わせて聞くと、吉田拓郎側の誰かが「化粧」にインスピレーションを受けたのだろうと思えてくる。「化粧」は78年4月10日発売。「窓の外は白い雪の夜」は同年11月21日の発売。それぞれの歌詞を聞き比べてください。
異邦人(1980)・・・久保田早紀。同じ年に放送が始まったのがNHKの「シルクロード」そのテーマ曲である喜多郎のシンセサイザー音楽を聞いてしまった若者は、きっと旅に出てしまっただろうな。そう、当時、シルクロードが流行っていた。
夏の終わりのハーモニー(1986)・・・作詞:井上陽水、作曲:玉置浩二。歌唱力王者のデュエット。玉置がひとりで歌うこともあるが、やはりデュエットがいい。
冬隣(1988)・・・ちあきなおみが好きだから、彼女の歌だけでトップ20でも30でも選ぶことができるから、1曲に絞るのに苦労した。もっとも強いライバルは「紅とんぼ」だろうか、いや・・・とほかの歌が思いうかぶ。「冬隣」(ふゆどなり)は、冬がすぐ近くまで迫っている晩秋のこと。愛する人に先立たれた女の悲しさを歌うこの曲は、1988年の発売だった。1992年にちあきの夫郷鍈治が死亡して、この歌が現実となり、彼女は音楽世界から自分を消した。
木蓮の涙(1993)・・・オリジナルのスターダストレビューも、もちろんすばらしいが、カバーもまたすばらしい作品が多い。ここでは奄美の中孝介と山形の朝倉さやのデュエット。初めて朝倉さやを聞いたのはラジオで、アニメの「タッチ」と「残酷な天使のテーゼ」を聞いて、びっくりした。やはり、鍛えられたノドはすばらしい。ひだまりの詩を歌う彼女をテレビで見た。唯一にして最大の問題は、カバーではなくオリジナルでどれだけ勝負できるかだろう。
イラヨイ月夜浜(1993)・・・作詞:大島保克、作曲:比嘉栄昇(ビギン)。大島のために作った歌だが、ビギンも2000年にカバーしている。沖縄県立八重山高等学校で、大島の1年先輩がビギンの3人。「イラヨイ」とは、宮古島方言で、「愛おしい」、「懐かしい」という意味。ポルトガルのサウダージか。イラヨイマーヌは囃子言葉として使われるらしい。
童神(1997)・・・古謝美佐子・佐原一哉夫妻に初孫が生まれた喜びを歌にしている。音質と画質で選ぶと、これかな。
タイガー&ドラゴン(2002)・・・テレビドラマ「タイガー&ドラゴン」のテーマ曲として出会い、「おお、おお」とただ喜ぶだけ。こういう古臭い音が大好きなのだ。クレイジーケンバンドとそのリーダー横山剣が世間に広く知られるようになったのがこの曲。横山は和田アキ子が歌うイメージで作曲して歌った。のちに、和田のカバーを聞くと、ホントそっくりだ。
好きな歌をあげていくのは、自伝を書いているような気恥しさがあるが、思い出と遊ぶ楽しさもある。時代が後になればなるほど、好きな歌が減っていくのではなく、ジャズやアフリカ音楽など外国の歌(曲)を積極的に聞くようになったからである。ここに挙げたリストは、ブルースやR&B、そして世界の音楽に興味を持っている者の選択だということがよくわかる。考えてみれば、マイケルジャクソン以降、アメリカの歌が世界的大ヒットした例は少ない。アフリカでも南米でも、音楽に興味のない誰でも、どこかで聞いたというのが、世界的大ヒットだ。現在、日本人の多くは若者でも、アメリカの今のヒット曲をあまり知らないし、音楽的興味が分散化して、日本の音楽でも「みんなが知っている歌」が昔ほど多くない。老若男女がみんな知っている歌は、歌謡曲の黄金時代が終わるとともになくなった。
今回書き出したリストのなかに、三橋美智也、三波春夫、美空ひばりらが入っていないのは、「うまい、すごい!」とは認めるものの、「好きか?」と問われると、口ごもる。このあたりの話は、いずれまた、別の機会に・・・。
音楽雑話は、キリがないので今回で最終回にする。