1452話 その辺に積んである本を手に取って その9(最終回)

 建築と街歩きの本

 

 1445話で書いたように、建築や街歩きの本を調べていて、『昭和の東京』を見つけてネット書店に注文した。すぐあとで、『くらべる世界』を注文したのだが、引き続きアマゾン遊びで建築や街歩きの本を探していて、『一度は行きたい幻想建築』(小谷匡宏、ビジュアルだいわ文庫、2020)を見つけた。建築家であり建築研究者が、世界のアール・ヌーボーを探した建築探訪写真集だ。アール・ヌーボーはあまり好きではないが、世にいくらでも出ている「世界の名建築」といったものとはまったく違い権威臭さがないのがいい。見つけてすぐに、ほぼオールカラーの文庫を買った。

 著者の考えか、それとも編集者の案かどうか知らないが、世紀末建築関連用語集がついていて、素人にはとても便利だ。たとえば、フランス語のアール・ヌーボーは、ほかの国では何と呼ばれているのかもわかる。イタリアでは、イタリア・リバティ、オーストリアではウィーン・セゼッション、それから・・・とほかの国の例を写真で説明している。一般的な建築用語集もでているので、ボウウィンドウというのが、弓型に張り出した出窓ということもわかる。

 この文庫はていねいに作った本なのだが、私がアール・ヌーボーをあまり好きではないので、「ごてごて飾りまくった建物はごめんだね」と言いたくなる。私が好きなのは、ゴタゴタ飾りを辞めて、しかし鉄とガラスの四角いビルになる前の1920年代のアール・デコの住宅だ。だから、『アール・デコの館』(藤森照信増田彰久)はもちろん読んでいるのだが、いま調べたら『アール・デコの時代』(海野弘)を見つけた。単行本は送料込みで600円ほどからあるが、文庫はどうしたわけか送料込みで3000円を超える。今は読みたい本が山になっているので、アール・デコにはまだ手を出さない。

 街歩きの本を探しているなかで、アマゾンの広告に出てきた2冊の本の著者名を見てびっくりした。『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』正・続(J.ウォーリー・ヒギンズ、光文社新書、2019)だ。この本の著者は、鉄道ファンの間では超有名人だろうが、鉄道ファンではない私でも知っている。1950年代から日本やアジアの鉄道写真をカラーで撮影してきた人だ。

 私が初めてこの著者の名を知ったのは、『発掘 カラー写真1950・1960年代鉄道原風景 海外編』(ジェイ・ウォーリー・ヒギンズ:写真、窪田太郎:解説、JTBパブリッシング、2006)だ。この本のすばらしさは、すでにこのアジア雑語林502話(2013-05-14)で詳しく書いている。

 昔の写真はモノクロだと思っていて、戦後間もなくの写真だと、暗い戦後の悲しみという印象を受けるのだが、進駐軍関係者が撮影したカラー写真を見ると、「明るい時代」も読み取れるから不思議だ。これが『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』だと、1960年代の写真だから、私が現実に見た風景もあるわけで、それは当然「天然色」で見ているわけだが、記憶はいつの間にかモノクロに変換されている。戦後海外旅行史の研究のため、戦後史資料、とくに写真資料はかなり集めた。それらはすべてモノクロだったから、記憶も塗り替えられたのだ。

 1950~60年代の日本映画は、その映画そのものに興味はなくても、その時代の東京を見たくて録画することがある。映像は歴史が凍結されているから、映画の本筋とは関係ない細部を見つめて楽しんでいる。

 もしも書店で『秘蔵カラー写真・・・』を見つけたら、おそらくすぐさま買っただろうが、幸か不幸か、ネットで見ると、立ち読みができないから、ブレーキがかかっている。私の趣味は読書であって、本を買うことではないから強めのブレーキが必要なのだ。

 本の話はキリがないので、今回のテーマは今回これで一応終わりにする。