1468話『食べ歩くインド』読書ノート 16回

 

 

 P42tiffin・・私が初めてtiffinという語に出会ったのは、シンガポールの、かのラッフルズホテルの”Tiffin Room”という北インド料理店だった。ある雑誌が、「シンガポールで、何か面白い企画を」と依頼され、出版社がカネを出してくれるなら、この機会に体験しておこうと、ラッフルズホテル探検を企画して、難なく承認されて、この貧乏人が分不相応にも宿泊体験取材を行なったのである。もう30年以上前のことだから、かすかな記憶で書くと、そのときホテルからもらった資料では、tiffinとは植民地時代のイギリス人が「インド風昼食」という意味で使った言葉で、”tiffin box”は、南アジアや東南アジアで今も使われている2段から4段に重ねる円筒形弁当箱のことだ。

 このtiffinを、『食べ歩くインド』では、ティファンと表記して、TeaとMuffinを組み合わせたTiffinという古典英語がインドで「軽食」の意味で定着したインド英語だというのが小林さんの説だ。

 ちょっと辞書を調べると、tiffinの発音は「ティフィン」でいいはずだが・・と思いつつ、『新版 誰も知らないインド料理』(渡辺玲、光文社知恵の森文庫、2012)を読むと、「ティファン(TIFFIN 本来ティフィンと発音するのでしょうが、なぜかティファンと聞こえます)」と書いている。ということは、イギリスではティフィンだが、インドでティファンと発音が変化したのか。

 世の中便利になったもので、手軽にOED(『オックスフォード英語辞典』)をコンピューターで調べられる上に、発音も聞くことができる。聞いてみると、「ティフィン」と聞こえる。tiffinは口語あるいは俗語のtiffingが元で、「ちょっと飲む、つまむ」という意味からインドでは「昼飯」の意味になった。その歴史的変遷が、この辞書に詳しく書いてある。

 さあ、これで解決か。イギリスでは「ティフィン」だが、インドでは「ティファン」と変化したのだろう。一応、手元の『リーダーズ英和辞典』(研究社、1994)を見ると、fのあとの母音の発音が[ ə ]なのだ。アとウの間のようなあいまいな音だから、カタカナで書けば、ティファンに近くなる。う~む。わからん。しかし、様々な辞書で調べた結果を多数決で判定すれば、英語としては「ティフィン」だから、「ティファン」はインド訛りだろうか

 P51たこ焼き・・インドにはパニヤラムというたこ焼きに似たものがあるという。カステラのようなスポンジで、辛い物もあるが、甘くしてたべることが多いようだ。動画は、これ

 たこ焼きのような食べ物は外国にもあると初めて知ったのは、タイのカノム・クロックだった。球というより、2個合わせても空飛ぶ円盤のような形にしかならないが、まあ、たこ焼き風だ。それは1980年代の話で、ずっと後、インターネットの時代に入って、たこ焼きを検索すると、世界各地にたこ焼き風な食べ物があることがわかった。オランダやデンマークにもあることがわかった。

 日本には自称「たこ焼き研究家」という人がいて、本も書いているのだが、たこ焼きの歴史のなかでもっとも重要なことが書いてない。たこ焼きにとってもっとも重要なことはタコが入っているかどうかよりも、丸いことだ。鉄板で平らに焼くとお好み焼きになる。球形に焼けば、タコが入っていなくても、たこ焼きの仲間として扱われる。だから、球形に焼くあの鍋がぜひとも必要で、それがいつからどのように出現したのかを解明しないと、タコ焼き史は完成しない。

 私が不勉強なだけかもしれないが、あのたこ焼きの鍋について詳細な歴史を書いた人を知らない。私には仮説はあるが、もっと調べてからでないと発表できない。

 インドの鍋で注目すべきものはほかにもある。中央がややくぼんだ鉄板を使いたがるクセがよくわからない。お好み焼きのようなものを焼くなら鉄板でいいのだが、汁気の多いものも鍋ではなく鉄板で料理したがる理由がわからない。

 炒め物は鍋の方が料理しやすいのにと思っていたら、インドにも中華鍋が普及しているのがわかる。いわゆる中華鍋のコピーと言えるような形の鍋もあるが、取っ手がちょっと変な例をふたつ見つけた。取っ手ナシと棒状取っ手。どちらも炒飯を作っているので、インド化した中華鍋の例だ。こういう鍋をインド料理に使おうという発想はあるか? この手の両手鍋は、世界各国にあるのだが。

 インド式中国料理の動画を見ていると、インド人は「手早く炒める」という作業が苦手らしいとわかる。中国料理の料理人なら、30秒か1分で炒める料理を、インド人はこねくり回して数分かかる。火が弱いせいもあるだろうが、野菜の「シャッとした歯触り」も好きではないらしい。インド料理は、基本的に煮込み料理だとわかる。