1472話『食べ歩くインド』読書ノート 第20回

 

 

 P171ソフトドリンク・・インドの非アルコール飲料という事なら、真っ先にとりあげなくてはいけないのは水だろう。私がインドを旅していた時代は、ペットボトル入りの水などない時代だから、水道水を飲む旅行者とビン入り飲料か紅茶しか飲まない旅行者の2種類に分かれていた。根拠のない想像だが、水道の水をそのまま飲んでいる旅行者が多数派だったのではないだろうか。デリーで高級アパートや邸宅で暮らしている駐在員なら、ビン入りの水か湯冷ましを読んでいたかもしれないが、路地裏をほっつき歩いている昔の旅行者は、下痢で苦しんだ経験があっても。紅茶かビン入り飲料しか口にしないということはあまり考えられない。大量の水分を摂取するために、甘い甘い紅茶を何杯も飲めるものではない。あの紅茶を、1日に2リットルも飲めるものか。

 私に限らず、あの頃のたいていの旅行者は、いつでもどこでも水道水を飲んでいる旅行者だった。食堂で、コップの水を凝視して、ノドが乾いていても、「思い切って飲んでしまおうか、やはり安全のために断水をするべきか」などと悩んでいる旅行者をよく見かけた。コップを持ち上げて、水の濁り具合やゴミが入っているかどうか点検している人もいた。毎日そういうことをしていたら、蒸留水を飲んでも下痢する神経性下痢になるぞと私は思った。

 日本でペットボトル入りの飲み物を売るようになったのは1980年以降だが、1リットル未満の小型ペットボトルの製造が許可されるのは1996年だから、ペットボトル入りの水を持ち歩くようになったのはそれ以降ということになる。東南アジアでも南アジアでも、1990年代までの旅行者は、ペットボトルか水筒に清潔な飲料水を入れて持ち運ぶなどということはほとんどしていないのではないか。

 1980年代だったと思うが、マレー鉄道のクアラルンプール駅で降りてきた西洋人旅行者の手にエビアンがあったのに驚いた。バンコクのセントラルデパートには、フランスのナチュラルウォーターエビアン」や、一升瓶入りの日本酒も売っていたので、「へー」と驚き、駐在員用だろうと想像したのだが、そのエビアンの1.5リットルボトル(多分)を持って旅行している者がいるんだ。あの頃、多分、エビアンは日本でもまだ普通には売っていなかっただろう。しかし、あんな水を何本も持ち歩けるわけもなく、当時の東南アジアでは入手困難だから、補給作戦はどうなっているのかと、旅行者たちをいぶかしく眺めていたら、その旅行者は駅の水道の水をエビアンのボトルに注いでいた。水筒として、再利用だ。

 そういえば、思い出した光景がある。バンコクの、今は亡きジュライホテルにチェックインすると、ガラス瓶入りの冷たい水をくれた。冷蔵庫に置いてあるその水は、従業員が随時、水道の水をビンに注いでいる光景を見ている。

 インドでも、旅行者が口にする水は今ではペットボトル入りのものが多くなっているだろうが、街のその辺の食堂で食事する人は、水道水を飲んでいるだろう。経済的に豊かな人が瓶詰めの水だろうが、大多数は水道水ではないかと想像している。インドを食べ歩いた小林さん自身の飲み物は何だったのだろう。「インド旅行者と飲料水の40年史」というテーマなら、天下のクラマエ師の手にかかれば、4000字くらいの原稿なら朝飯前だろう。読みたいね。

 紅茶の話はあとで書くが、インドの飲み物として取り上げないわけにはいかないものがあとふたつある。ひとつは、サトウキビジュースだ。私は、インドで初めてサトウキビのしぼり汁を飲んだ。ローラーで押しつぶす手動式の機械で、黒く舞うハエをものともせず絞った緑がかった液体に、ライムを絞り、店によって氷のかけらをコップに投げ入れて、「はい!」と差し出される。おそらく、何匹かのハエのしぼり汁も入っていただろう。「水道水など、絶対ダメ」という旅行者は手を出さない飲み物だ。インドの後タイに行ったら、サトウキビのしぼり汁はあらかじめビンに詰め、氷が入ったケースに入れて売っていた。自宅でビンに入れたのだろうが、清潔感はあった。これがインドとタイの違いかと思った。サトウキビはニューギニア原産と言われるが、古代にインドに渡っている。サトウキビは、果物と同じように、「甘い汁を飲むもの」で、砂糖の原料として利用するのは後になってからだ。

 インドの飲み物として、ぜひとも取り上げてほしかったふたつ目のものは、次回に。