1476話『食べ歩くインド』読書ノート 第24回

 

 

 金属食器・・1940年代前半、軍人の間で「軍隊小唄」という歌が流行った。

いやじゃありませんか 軍隊は

カネのお椀に 竹のはし

仏さまでも あるまいに

一膳飯とは、なさけなや

 「カネのお椀」を「カネの盆」にすれば、インドだ。「竹のはし」を「カネの箸」に変えると、韓国になる。インド人と韓国人は、金属食器を偏愛するという点で共通点がある。料理や飯などを盛り合わせるお盆のようなターリー皿の元は、バナナの葉だろう。地域によっては木の葉を縫い合わせた皿も使っただろう。東南アジアでは、中国人の影響が強いので、屋台や食堂の食器は、陶磁器やホーローの器を経て、プラスチックへと変わっていった。バナナの葉は、外国人観光客用のレストランで、異国情緒を演出する道具に使われた。タイで言えば、1970年代までは、持ち帰り用の容器として、バナナの葉が使われていた。そのあと、ビニールシートを新聞紙で包むようになり、防水紙になる。そして、発砲スチロールの器になる。駅弁は、タイでもインドネシアでも、昔はバナナの葉を使っていた。

 インドでバナナの葉が金属製のターリーに変わるのは、おそらく宗教施設での共食の食器として誕生したのがきっかけで、その後飲食店の食器になっていったのではないだろうか。

 1970年代のインドでは、路上に七輪を置いただけの屋台などでは、木の葉を食器に使っていたのを覚えているが、『食べ歩くインンド』を見ると、まだ残っているらしい。路上の食がどうなっているのかが気になって、ちょっとYoutube遊びをやった。これが楽しい。

 バナナの葉をプリントした紙皿を使っている店の例をいくつか見た。アルミを貼った紙皿を使った屋台もある。東南アジアなら、プラスチックの皿や丼になるのだが、インドでは紙皿になるのは、浄・不浄の問題があるからではないか。バナナの葉を皿にしたのも、使い捨てができるという利点もあるからだ。器を見つめるのも、食文化研究なのだが、「カレー命」の人はまったく興味がないようだ。

 インド人が食事をするシーンをインターネットで見ていて、「よく食うなあ」と思った。田舎で大量に料理を作り、村人といっしょに食べるシーンでも、町の食堂でも、人々はよく食う。大量のコメを食うなあと強く思うのは、一度にあまり食わないタイ人の食事風景をよく見ているからだ。1人前のコメの飯の盛りを、タイを1とすれば、インドネシアでは、1,5から2。インドは3~4になるというのが私の想像だ。

 この動画がすごいのは、盛りがタイの4倍くらいある上に、おかわりをしている客がかなりいることだ。

 そのくらい飯の盛りが多いということだ。国民がどれくらいコメを食べるかといった統計資料はあるが、1人前の飯の量の比較はおもしろいが資料がない。コメを常食しない人たちもいるから、「国民ひとり当たり」という統計は役に立たない。タイでは、もともと1人前の盛りが少ないのだが、おかわりをする風景はあまり見ていない。「米飯ひとり前の国際比較」は、簡単にはできないが、インターネットの画像を使った比較は、遊び程度ならできる。

 食事風景の動画を見ていて気がつくことは、あれほど山盛りの白飯を食べる人たちが、この動画のような味付きご飯になると、とたんに量が少なくなるのはなぜだろう。インド人がスプーンで食事することについては、次回から2回にわたって詳しく触れる。

 もうだいぶ前のことだが、タイに買い出しに来たナイジェリア人が、「盛りが少ない」と文句を言っている場に遭遇したことがある。しばらくして、バンコクにナイジェリア人用食堂ができて、ためしに行ってみると、飯の量が2倍以上だった。タイのナイジェリア人は麻薬関連でよく逮捕されたせいで、新聞にナイジェリア人が登場するのは犯罪がらみが多かった。いまでも記憶に残っているのは、「麻薬持ち出しで逮捕されたナイジェリア人が、『飯が少ない!』と刑務所で暴れる」という新聞記事だった。