1479話『食べ歩くインド』読書ノート 第27回

 

 

 手かスプーンか その3

 最近のインド人は、どのようにして食べ物を口に運んでいるのかが気になって、相変わらず動画を見ている。ときどき横道にそれるのを楽しみながら、1日1回1時間ほど動画遊びを楽しんでいる。1時間分の動画観察をインド各地でやろうとすれば、どれだけの時間とカネがかかるかわからない。インターネットならインドの東西南北をたちまちのうちに旅できるのだから、動画検索を徹底的にやるのも有効な研究手段である。もちろん、ネット情報で充分というわけではないが。

 路上の食事風景はさんざん見たあと、中級以上のレストランや、ネット上の食べ歩き番組を見始めると、これがまたおもしろい。

 超高級インド料理店を覗くと、食器や盛り付けなどはフランス料理風で、ナイフとフォークとスプーンで食事するようになっている。例えば、このレストラン。料理長は、「基本的には、伝統的なインド料理を作っている」と言っている。

 食事動画を見ていくと、路上の食事ではなくても、このようにスプーンを使って食事をしているのをよく見る。これはムンバイ食べ歩き動画で、何本もあるのだが、見ていて気がつくのは、スプーンを使う食事風景だけではない。インドに関するたいていの本には、「食事中、左手を使うのはタブーだ」と書いてあるが、ナンやチャパティーをちぎるときに左手も使う事を、私はインドで見ているし、この動画シリーズでも発見できる。また、日本人が茶碗を左手に持って食べるように、器を左手に持って食べているシーンも、この動画でしばしば見受ける。これも、そうだ。左手をよく使っているのがよくわかる。

たびたび語られる「韓国人は器を手に持って食事をしない」というのが、あくまで「上品です」というマナーであって、現実の食事風景とは違うという話を、このアジア雑語林で何度も書いてきた。インド人の食事のしかたもまた、何も考えずに「理想的なマナー」を「現実の食事のしかただ」と論じてしまう危険がある。食の話を「また聞き」の「また聞き」の知ったかぶりをやめて、現実の姿を見るには、フィールドワークを重ねるのと同時に、ネット上の動画を観察するのも、なかなかに有効な研究手段だ。

 『食べ歩くインド』を読めば、巷間語られる「インド料理とは」とか、『インドの食文化は』といった話題が、いかに信ぴょう性のないものかがわかる。インドの食べ物をちょっと調べた人はいるが、この本の著者ほど広くインドを旅した人はおそらくいないだろう。辺境地に足を踏み入れたという外国人旅行者はいても、そこで食文化をテーマに考察した人は、著者の小林真樹さん以外いないだろう。そういう意味で、この本は空前絶後である。

 これで、『食べ歩くインド』の読書ノートは終わるが、関連するテーマで次回から続編を追加する。