1528話 本の話 第12回

 

 『とっておき インド花綴り』(西岡直樹、木犀社) その4

 

 ニガウリの品種はいくつもあり、緑のものが多いが、白いものもある。日本で出回っているイボイボだらけのニガウリと違い、表面がツルツルなものがあり、マラ・チーン(中国ニガウリ)というという話はすでにした。この種のニガウリは、輪切りにして、種とワタの部分を取り除いて、ひき肉を詰めて、スープにする。こうすると、スープにも苦味が出る。

 ニガウリといえば日本で見かけるサイズのものが一般的だが、ニワトリのタマゴ大のものもある。大きいものほどは利用されていない。どこかで聞いたのだが、この小型のニガウリは野生種で、苦味がより強いという。この小型ニガウリがインドにもあるということは、その広がりはわからないが、インドにも苦味を求める人たちが少なからずいるということだ。食文化研究のなかで、甘味や辛味の研究は進んでいるのだが、コーヒーなど嗜好品以外で苦味を好む人たちの広がりの研究はまだないのかもしれない。

 インドには、ニガウリなど足元にも及ばない強烈に苦い植物があるという話が156ページにある。

 「インドセンダン(ニーム)の葉は苦いことで有名だが、センシンレンの葉はその何倍も苦い。長さ4センチメートルほどの小さな葉っぱでさえ、あまりに苦くて1枚を全部食べることができない」

 そのくらい苦味が強いので食用にはせず、「その苦い葉を摘んでアヨワン(セリ科の香料)といっしょにすりつぶし、小さく丸めて乾かし、丸薬に」するという。消化不良用の常備薬だという。

 ネットでセンシンレンを調べてみると、漢方では有名な薬草のようで、ウィキペディアにも見出し語で載っている。漢字では「穿心蓮」と書くようだ。このウィキの文章を読むと、「インドではking of bitter『苦味の王様』といわれている」とか、「地球の胆汁と呼ばれることもある」といった文章があり、苦味の強烈さがうかがえる。

 センシンレンは、タイやインドネシアでも薬用に利用されているという記述を見つけた。タイの食文化研究のために植物関連資料を買い集め、そのなかに薬用植物事典もあるのだが、食い物じゃないとわかると途端に調査意欲が減退して、資料が本棚から出ることもなく、宝の持ち腐れになっている。今も、さらなる調査をする気はない。

 私は、コーヒーや茶やチョコレート以外の苦味が好きではないので忘れていたのだが、にが茶というのがあったことを思い出した。この茶の原料を調べてみたら、タラヨウ(モチノキ科)の近種だという。「ものは試しに」と、もらったものをちょっと飲んだことがあるが、罰ゲーム用の飲み物だった。

 飲み物と言えば、タイ人もインド人も、苦味がある料理は大好きなのに、苦い飲み物はビール以外嫌いらしい。甘くない飲み物は口にできないだろうという気がする。砂糖なしのコーヒーや紅茶は論外で、苦い飲み物は薬草だと認識しないと口に運べないようだ。

 

ベトナム研究者の中野亜里(大東文化大学教授)さんが亡くなった。まだ60歳だった。初めて会ったのはもう20年以上前だ。中野さんが講師の勉強会で、10人ほどの出席者のなかに、本多勝一氏もいた。当時の中野さんは様々な大学で非常勤講師を掛け持ちしていて、その日程を聞いただけで卒倒しそうなほど多忙だった。コロナ禍以前は毎月行なわれていたアジアの勉強会で、よく顔を合わせていた。私はベトナムに格別強い興味はないので、深い話はしたことはなかったが、チェコベトナム移民の話や、映画にもなっている韓国のベトナム花嫁の話などをした。気鋭の研究者を亡くしたのは、なんとも残念である。

このコラムの今年最初の文章をこう書いた。

「今年もまた、いつものようにコラムを書いていけることの幸せを感じつつ、書き始めます」

最近、人の命のはかなさを強く感じるようになって、こんなコラムでも、ノンキに書いていられることの幸せを痛感しているのである。

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