1530話 本の話 第14回

 

 『とっておき インド花綴り』(西岡直樹、木犀社) その6

 

 「スイレン」の項に、茎の料理が紹介されている。

 「茎の皮を、手際よくフキをむくのと同じようにはぎとると、それを7センチメートルくらいに切り、油を敷いた鍋にクミン、コリアンダーカラシナとニオイクロタネソウ、フェネグリークの種をパチパチはじけさせ、鬱金、生姜、唐辛子を加えて炒め物にした」

 スイレンの茎は見た目も食感もフキのようだと書いている。

 ところが、スイレンについてネット情報を集めると、「食用にするのはハスで、スイレンは食べられない」といった記述が目に付く。

 スイレンスイレン科)とハス(ハス科)については、すでに『インド花綴り』で触れているが、復習しつつ考える。ふたつの植物は、植物学上まったく別の植物なのだが、一見似ているので、遠目では間違いやすい。花の形が違うので、花を見慣れていればすぐにわかるのだが、花がないと間違えるかもしれない。ちなみに、英語lotusはハスもスイレンも両方をさす。

 スイレンの食べられない部分は、ハスにおけるレンコンにあたる地下茎で、スイレンの地下茎は竹の根のようで食用になるとは思えない。タイでもインドでも、なぜかレンコンをほとんど食べない。タイのレンコンは中国系住民が薬用に使うか、砂糖煮のようにすることはあるが、通常のおかずにはほとんどしないと思う。家庭で料理をするかもしれないが、料理店のメニューでは知らない。

 西岡さんは「ベンガル地方では蓮根を食べる習慣はあまり一般的ではない」(『インド花綴り』)と書いている。インドのほかの地域のことはわからないので、インド全域のことは『食べ歩くインド』を書いた小林真樹さんが詳しいかもしれない。

 タイ人やインド人がよく食べるのは、沼の底の潜むレンコン(地下茎)と水面に顔を出す葉や花をつなぐ、水中の茎の部分だ。直径1~2センチ、長さ60センチ以上あり、食用の場合はもっと短く切って売る。お供え用の場合は花がついて輪にしてある。ありがたいことに、スイレンとハスの茎を比較できる写真がここにあった。スイレンの茎の断面は、フキのようだが、ハスの茎の断面はレンコンのように穴がいくつも空いている。極細レンコンという感じだ。

 ハスがいくらでも育つ地域でもレンコンを食べない地域が多くあるのに対して、日本人のように地下茎レンコンは大好きだが、茎は食べない民族もいる。韓国の寺の料理には、ハスの葉の料理もあった。そういえば、日本人はハスの実をほとんど食べないなあ。

 ハスやスイレンの文化誌を知りたいと研究論文を調べてみたのだが、植物学が中心で食文化も含めた内容の本はあまりないようだ。法政大学出版局の「ものと人間の文化史」のシリーズに『蓮』(阪本祐二)があるが、詳しい内容はわからない。世界の食文化の中のハスについては書いていないような気がするが、いつか機会があれば読んでみよう。近所の図書館が工事中でなければ、行ってすぐに確認するのだが・・・。

 想像で書くと、レンコンを重視すると、レンコンの生長のために花や茎は枯れるまで放っておく。花や実や茎が重要だと考えると、レンコンのことなど考えずに、茎を収穫する。そういう違いではないかと想像しているのだが、しょせん素人の空想である。

 それはそうと、もし、本屋で『とっておき インド花綴り』を手に取るようなことがあれば、222ページの「ヒジョル」(サガリバナ科)の冒頭の文章を読んでみるといい。きっと、この本を買いたくなるにちがいない。

 今回で『とっておき インド花綴り』の話を終える。