1538話 本の話 第22回

 

 『ポケット版 台湾グルメ350品! 食べ歩き事典』(光瀬憲子) その2

 

 幸せなことに、食文化の本を数多く書いている民族学者の石毛直道さんと雑談をする機会が、いままで何度もある。あるときこんな質問をした。

 「食べ物だけを判断基準に、ある国で1年暮らすとすれば、どこが最高の国になりますか?」

 石毛さんは2秒ほど目が宙を泳ぎ、首を傾げ、そして「台湾ですね」と静かに、そしてにこやかに言った。この質問を考えたとき、私の回答は「台湾だな」と思っていたから、「おお、同じだ」と喜び、台湾の食べ物のすばらしさを語りあった。実は、食文化の研究者たちが集まる場でも、「どこの店の、何がうまい」という話はほとんど出ない。食文化の雑談はしても、テレビや雑誌などでよく取り上げられる「グルメ話」はまずしない。石毛さんとも、アフリカの腸の内容物入り料理の話に始まり、塩なしで生活している民族とか、世界の人々の食べ方の話とか日本食文化史といった話をしていただいたが、「うまい物」の話をしたのは、考えてみれば、台湾の食生活の話をしたこの時だけだ。

 台湾の料理はうまいというだけでなく、屋台が多く、料理名が読める、全体の物価に比べて食費が安いなどいいことずくめだ。そういう台湾の外食料理をチェックしたくて、この文庫『ポケット版 台湾グルメ350品! 食べ歩き事典』を買った。

 光瀬憲子さんは台湾の本を数多く書いていて、そのうち何点かは読んでいる。食べ歩きガイドは、「まあ、その・・・」といったところで、酷評する気はないが絶賛するほどではないという内容だったが、この『台湾グルメ350品!』は、少なくとも努力賞には入る。この本を読むと、台湾の外食事情のいったんはある程度わかる。ヨーロッパのたいていの国なら、1国で350品も紹介すれば底をつくだろうが、台湾は「まだ、ほんの一部だけの紹介」という程度でしかない。

 紹介している350品の中には、知っている料理も知らない料理ももちろんある。ややこしい話を始めると、「知らない」と思う料理にも、「見たことがある料理」はいくらでもありうる。私が大好きな台湾の飲食施設はじつは屋台ではなく、自助餐だ。自助餐(じじょさん、ズージューツァン)とは、カフェテリア方式、あるいは自分で好きなおかずを好きなだけ取り料金を払うセルフサービスの店のことで、都市部にある。こういう方式の菜食主義者用食堂もある。店によって十数品から数十品もの料理が並んでいるから、見ていても覚えていない料理はいくらでもある。また、知っている料理でも、食べたことがない料理もかなりある。たんに食べる機会を逸しているだけというのもあるし、まずそうだから食べないという料理もある。

 この本で紹介している350品のなかから、何か書きたいことがある料理を、これからいくつか取り上げてみよう。

 料理や食材の姿を見たい人は、各自画像検索をしてください。考えてみれば、時代が変わったとつくづく思う。昔は、中国語の料理名をパソコンで入力するのはえらく面倒だったが、今の、この原稿に関して言えば、キーワードを入れると、台湾食べ歩き情報が出てきて、その料理名をコピペすれば、この原稿の見出し語になる。見慣れぬ漢字をいちいち探す手間が省けるうえに、情報の確認もできる。

 個々の食べ物に関しては、次回から書いていく。お楽しみに。

 

 ネット遊びをしていたら、今年の夏ごろには、慶応大学出版会から『食卓の上の韓国史(仮)』(周永河、丁田隆訳)が出るらしい。周氏の論文はネット上で2編読んだが、おもしろい。この翻訳書は、さぞかし高いだろうな。部分執筆ではすでに『中国料理と近現代日本:食と嗜好の文化交流史』が出ている。この本は1部を読んだだけで、周氏の部分はまだ読んでいない。この本が5720円だから、韓国食文化の本もそれくらいするんだろうな。う~む。原稿料にならない文章ばかり書いているからなあ。『中国くいしんぼう辞典』も3300円で、まだ手が出ない。