1557話 本の話 第41回

 

『きょうの肴なに食べよう?』(クォン・ヨソン著、丁海玉訳、KADOKAWA、2020)を読む その4

 

P118・・イタリアのピザはありえないほどしょっぱいのだという

 イタリアで修業した韓国人料理人の本にそう書いてあるというのだが、にわかに信用できない。ピザに限らず、パスタやサンドイッチも「すごくしょっぱい」うえに、「ヨーロッパの食べ物は全体的に韓国の食べ物よりかなりしょっぱいというのだ」と書いてあるそうだ。アンチョビのピザのアンチョビ部分を食べれば、たしかに塩辛いが、イタリアの料理がすべて塩辛いとは思えない。「諸外国の食塩摂取量の平均値」を見ると、「食塩摂取量の少ない順に、オーストラリア(6.2g)、アイルランド(7.4g)、フランス(7.5g)、イギリス(8.0g)となっており、これらの国々と比較して、日本(9.9g)は2~3g程度多いことがわかります」とある。韓国は日本と同じくらい。イタリアの数字はない。この資料を見ると、ヨーロッパ人が韓国人よりも多くの塩分を摂取しているとは思えない。

 不遜とか傲慢とか思われそうだが、料理人が料理の仕方以外について語る話をあまり信用していない。テレビにもよく登場する有名料亭の主人が語る「日本料理とエスニック料理」の講演を聞いていたら、彼が語るタイ料理の説明がことごとく誤りだった。そういう例は、珍しくない。

P119・・私は汁を口にする時はほとんどさじですくわない

 「韓国人は、日本人のように器に口をつけて汁を飲むことはせず、さじをつかう」と説明している本が数多くあり、「そんなことないですよ。器に口をつけて飲むこともありますよ」と、このアジア雑語林で何度も書いているのだが、このコラムの読者はあまりにも少ないので、私の解説はいっこうに広まらない。日本人のように飯茶碗を左手に持ち、箸で飯をすくって食べている韓国人も、けっして珍しいわけではない。特に、水冷麺にはさじがついていないことも多く、丼に口をつけて汁を飲むのはごく普通のことのようだ。韓国人全員が、同じ食べ方をしていると思う方がおかしいのだ。

P124・・ひと晩中雪が降り、しんしんと降り積もったふかふかの雪を踏みながら、私は市場へハイガイを買いに行く

 ハイガイ。なんだ、これ。ちょっと前まで、この貝のことはまったく知らなかった。日本人はほとんど食べないからだ。調べると漢字では灰貝と書く。貝殻を焼いて石灰にしたところからこの名があるらしい。この貝を初めて目にしたのは、日本のテレビドラマ「ワカコ酒」の韓国版「私に乾杯 ヨジョの酒」で、そのことは847話(2016-07-29)に書いた。

 赤貝に似たこの灰貝に再会したのは、やはり韓国ドラマ「応答せよ! 1988」だった。ソン・ドンイル演じる銀行員ソン・ドンイル(役者の名と役名が同じ)の大好物がこの灰貝で、この貝を丼いっぱい食べることを無上の喜びとしている。そして、このエッセイ『きょうの肴・・・』で語られる灰貝への愛。韓国人にとっては、ただの貝ではない存在らしい。

 隣国のことでありながら、日本では灰貝はほとんど取れない。韓国では養殖もしているそうだが、日本人には養殖をしてまで食べたい貝ではないということらしい。画像で確認すると、私には赤貝にしか見えない。東南アジアの市場で「赤貝だ」と思ってみてきた貝も、もしかして赤貝ではなかったかもしれない。