1560話 妄想記 その2

 

 一気に、書きおろし

 

 テレビの旅番組(外国が取材地ならたいてい再放送だが)を見ていると、もしどこかの街で1冊書きおろしするとすれば、どこがいいかなあなどと妄想していることがある。この私に、一気に書きおろしを依頼してくるような出版社はいないから、もちろん完全なる妄想である。どうせ妄想だから、滞在費のことなど考えず、原稿執筆の日々にふさわしい場所を探すということにする。

 「それを言っちゃー、おしまいよ」という話を先にしておけば、旅日記ものでなければ、自宅で書くのがいちばん快適で、仕事が進む。資料はあるし、テレビとパソコン以外誘惑するものがなにもない鄙に住んでいるから、スーパーマーケットくらいしか行くところがない。だから、「自宅が一番」なのだが、それでは楽しい妄想にならないから、どこかに理想の街を見つけようというのだ。

 旅行先を考えるときは、「ひと月遊べる場所」を考えることが多いのだが、今回の趣向はちょっと違う。ひと月いても飽きない程度におもしろければいいので、おもしろすぎるニューヨークなどは候補地にはならない。

 気候のことは、あまり考えない。そもそもひどい気候の土地は選考から外すし、その土地のベストシーズンに行くから、我慢できる範囲内で考える。

 まず、除外すべき土地の話をすると、農山村、リゾート地は退屈でおもしろくないからダメだ。小さな町も大きすぎる街もダメだ。だから、中国やインドの都市は初めから候補に入っていないし、ニューヨークやロサンゼルスやパリやロンドンは落選した。ラテンアメリカの街は、私の想像力が働かないので、候補にならない。ただ街歩きをするだけなら、ブラジルの街はおもしろいかもしれないが、のんびりできるかどうかわからない。

 世界地図を頭に思い浮かべて、「ウチ、いいよ。いらっしゃい」と呼び掛けてくる街を探すと、まず頭に浮かんだのは、台南と高雄(台湾)。そしてペナン(マレーシア。かつて、うんざりするほど行ったが、最近は行っていないから)、ソロ(インドネシア)。イスタンブールアテネ。ほかの街を考えたいのだが、思いつかない。イスタンブールは大きすぎるが、街が海で分断されているから、のっぺらぼうな街に見えない。もちろん、プラハチェコ)は有力な候補地の一つだが、記憶が新しいので新鮮味がない。バルト三国の首都、タリン(エストニア)、リガ(ラトビア)、ビリニュスリトアニア)は、ひと月滞在するのは飽きる。行ったことはないが、ウイーンやローテンブルク(ドイツ)の街を考える。20代のころは、絶対に行きたくない国がドイツだったから(黒い雲を思い浮かべて憂鬱になったから)、歳を取ると気分はちょっと変わった。旧東欧圏が候補にあがりやすいのは、「静かな都市」と想像できるからだ。

 夏のコルマールは観光客が多すぎて騒がしそうだが、9月になればいくらかいいだろうか。フランスはアルザス地方の街で木造建造物が多く建っている。はたして英語が通じるか。「フランスに滞在」なんて、いままで考えたこともない。

 ポルトガル、スペイン、モロッコの街の話はすでに書いた。ポルトポルトガル)は大好きな街だが、ひと月は飽きる。10日ほどいたら、別の街に行きたくなりそうだ。イタリアは、ベネチアがもっともふさわしいかもしれない。歩くしか移動手段がない狭い空間で、しかし歴史が折り重なっている深い街だから、目にも頭にも刺激を受けて、執筆が進むかもしれない。散歩が楽しい街はいい。

 バレッタ(マルタ)や、カリャリ(イタリア、サルデーニャ)なども考えたが、かつてシチリアパレルモでひと月ほど過ごそうと出かけたのだが、3日で飽きた過去を考えると、島に行くのは要注意だ。だから、ギリシャの島も、候補には入れなかった。

 こういう妄想をしながら、パソコンで画像を眺める。こういう空想の旅も楽しいが、もちろん現実の旅をしたい。絶えずさまざまな妄想をしているが、この続きはまた別の機会に。