1591話 『全国マン・チン分布考』の話を、ほんの少し その1

 

 「アホ」と「バカ」と言う語は、どこが境なのかといった分布を研究した『全国アホ・バカ分布考』を書いたTVプロデューサー松本修の新刊が、『全国マン・チン分布考』(集英社インターナショナル新書)だ。こういう本なので、アマゾンで内容はよくわかるから詳細な紹介はしない。今回は話の本筋には触れず、別のことを少し書く。

 雑談部分が長すぎるのが欠点。インタビューした女性全員を、その容姿を絶賛してから話に入るのが、不愉快といったことはさておき。

 アマゾンの評価欄に「大学歴(京大)自慢が鼻につく」と書いているが、京大卒の著者が大学時代の話をしているだけのことだが、学歴コンプレックスがある評者には、それが鼻につくのだろう。このコメントを読んで、かつて「海外旅行コンプレックス」の時代があったことを思い出した(いや、今もある?)。

 例えば、こういう話だ。ある人が、パリのレストランで会社員時代の元同僚と偶然でくわして、いっしょに食事をしたという話を脇で聞いていた男が、「へっ、パリのレストランだとよ、気取りやがって!」と、虫唾が走るようにいうようなこと。これは想像の話だが、次のような実話がある。

 だいぶ昔の話だが、雑誌の仕事で沖縄に行ったことがある。私が文章と写真を担当するのだが、「同行する女性ライターの取材につきあって写真を撮ってくれ」というのが、編集部からの要請だった。早朝、羽田空港に私とそのライター、そして編集者の3人が集まった。

 飛行機を待つ間、ライターが口を開いた。

 「羽田って、久しぶり。以前、ロンドンに・・・、あっ、ごめんなさい。自慢じゃないんですよ、ただ、成田がまだなかった頃、羽田からロンドンに行ったことを思い出しただけで、それだけのことで、自慢じゃないんですよ、ホントに」

 そのライターの素性を知らない。名前も覚えていない。そして、彼女も私が何者か、まったく知らない。「けっ、ロンドンだってよ、自慢しやがって!」と思うような人間に見えたのかもしれないが、1990年代でも、このくらい神経を使わないと、「海外旅行自慢」だと見なされることがあったということだ。

 数年前の中東の空港。日本行きの便を待っていると、日本人の団体客が待合室にやって来た。私の隣りの椅子に腰かけたのは、父と娘のふたり連れ。父は、私よりちょっと年上に見える。その父がショルダーバッグから取り出したのはツアーの日程表で、右ページには矢印で旅行ルートを示した地図がついている。スペインだけの15日間の旅だから、あまり有名ではない街にも行ったことがわかると、盗み見した。

 「いろんな街に行ったんですね」と声をかけた。昔は旅行者に声をかけることはほとんどなかったのだが、最近はおもしろがって、積極的に声をかけるようになった。私が知らない世界の話が聞けることがあるからだ。

 その父は意外なことを言った。

 「わたしら、これができないから」と、口の前で手の平をくちばしのようにして数回パタパタとさせて外国語ができないという意味のジェスチャーをして、「団体旅行ですよ。あんたはひとりでいろんなところに行ったんでしょ」と、少々ご立腹という口調で言った。私は団体旅行をする気はないが、団体旅行をする人をバカにしているわけではなく、当然、この時も「団体旅行なんて」などと言っていない。この人は、団体旅行の参加者であることを恥じているのか。恥じることなど、何もないと思うんだがなあ。実は、「どうせ、わしら、団体旅行だから」と、ひがまれたことが過去に何度かある。いずれの場合でも、団体旅行を非難したことなどないのに、なぜか団体旅行を恥ずかしいと思っているらしいのだが、その心情がわからない。

 海外旅行をひがむ人がいて、「皆さんおなじみのハワイしか行ったことがないよ」とひがむ人がいて、「ロンドン・パリ・ローマのお決まりコースの団体旅行ですよ、どうせ」とひがむ人を、ラジオやテレビや、あるいは実際に耳にしている。ひがむ人がいるということは、「海外68か国へ旅行」とか「毎年4回は、海外旅行」と自慢したがる人があるからだろうが、つまらん自慢だ。

 「なんだよ、本の話と関係ないだろ!」と腹立たしい方がいるだろうから、次回はこの新書の内容に沿った話を、少し。