1594話 本で床はまだ抜けないが その2

 

 私の図書購入量の推移をグラフにすると想像したら、どうなるか。中学時代から徐々に右上がりになっていくが、上昇の角度がちょっと上がるのは20歳を過ぎて、海外事情の本を買い集めるようになってからだ。ライターになった20代後半に購入量が増えていき、一般人の図書購入と文筆業者の買い方の違いが出てくる。本の内容の好き嫌いで本を買うのではなく、資料として必要かどうかで買うことが多くなったということだ。     「資料として買う」というのは、小説のように最初から最後までちゃんと読むというのと違い、場合によっては数ページだけ、あるいは数行だけ拾い読みすることもあるということだ。私のようなライターにとって、本を選び、買い、読むのも仕事のひとつということだ。

 例えば、ある人物が上海に渡ったのが1928年という資料と29年という資料があり、どちらが正しいのか、その人物の日記で確かめたいと思ったとする。1928年11月に東京の自宅を出るのだが、名古屋や神戸に寄り、下関から朝鮮に渡り、上海に到着したのは29年の2月だったとわかったとする。その記述は2ページ読めばわかるが、ほかにも参考になることが書いてあるかもしれないから、そのために資料を買っておくというのが文筆業者の図書購入だ。調べているうちに、自分の関心方向が変わり、以前に買っておいた資料が役に立つということが、ままあるからだ。

 1980年代なかばになって、購入冊数が急増する。東南アジア、とりわけタイの情報収集のために、バンコクの各種機関に行き、書店では販売していない資料をまとめて買い集めていた。90年代に入ってタイで生活するようになり、半年の滞在で大きな段ボール箱2個か3個を毎年船便で日本に送っていた。のちに、本よりもカセットテープの方が断然多くなり、船便でも送料の高さになくことになる。そのカセットテープが1500本ほど自宅にまだある。

 本の購入冊数がさらに増えるのは、2000年になった頃だ。のちに『異国憧憬』として1冊にまとまる連載が始まったからだ。日本人の戦後海外旅行史の連載を雑誌「旅」でやることになり、資料を買いあさった。この連載は、戦後の日本人の海外旅行を、映画やテレビ、音楽やモノや食べ物などを軸にして眺めてみようという企画で、まずは基礎資料となる戦後史の本を集めた。昭和が終わり、昭和史モノが数多く出版された時代で、本屋に行けばその類の本はいくらでも見つかった。

 もっともよく利用したのは『昭和史全記録』(毎日新聞社、1989)だ。1300ページ以上ある厚く重い本で、定価は1万2360円。古本屋で半額程度で買ったと思うが、今アマゾンで調べてみたら、おいおい、407円だった(この文章を書いた翌日、その値段の本は売れていた)。大きく重い本は嫌われるのだ。これ1冊でひと月は遊べるので、ヒマで退屈しているビンボーな人にお勧めする。新聞社の本だから、写真が多く、しかも記事がバラエティーにあふれている。おもしろいぞ。

 『1946-1999 売れたものアルバム』(Media View編著、東京書籍、2000)も何度もページをめくった。JICC(現・宝島社)は、『宝島別冊編集 昭和30年→60年 ぼくらの時代大年表』(1992)など、この手の「懐かし本」を多数出版している。放送や映画や出版などテーマ別の戦後史本はいくらでも見つかったが、旅行史本があまりなかった。旅行業界の本はあっても、旅行者側の海外旅行史資料はあまりなく、自費出版も含む海外旅行体験記のような本も買い集めた。

 『異国憧憬』の出版は2003年で、当時はまだパソコンも持っていなかったから、ネット書店とも無縁だった。パソコンを買ってから、インターネット古書店でも買うようになったが、その時決めた原則は、著者に心当たりがなく、内容がよくわからない本には500円以上出さないというものだ。売値500円に送料や振り込み手数料も加算されるから、合計「1000円弱」という出費になる。