ギリシャから日本までの旅行情報をコンパクトにまとめた『アジアを歩く』(深井聰男、山と渓谷社、1974)は新書版サイズで850円。交通図が出色で、現在でもこれほど優れたものはない。どういう図かというと、北海道の鉄道路線図にバスの路線図を組み合わせたようなものを想像するとわかりやすいと思う。主要な街との移動情報が見てわかるのがいい。ギリシャ編の図を見れば、例えば図の①はテサロニキーアテネ間の情報で、「鉄道 10時間 510㎞ 340Dr」といった説明がある。航路では、「ピレウスークレタ島 12~13時間 325~950Dr 毎夕18:00前後出航」とある。交通事情を俯瞰的に見せてくれるから、旅行計画を立てるときにとても便利だ。
1974年7月にこの本が出たとき、私は日本にいなかったのでこの名著のことは知らない。75年に買って旅に出て、情報が変わった部分を編集部あてに書き送った。帰国後、インドに行きたいという友人がいたので、この本をあげた。まだ「地球の歩き方」が出る前の話だ。
『アジアを歩く』の著者の深井さんから手紙が来た。情報の提供に感謝するという文面のほか、「去年も手紙をもらい・・・」とあったので、思い出した。74年にバリ島にいたとき、イギリス人だったかに話しかけられた。「今、日本の友人に絵ハガキを書いたところだが、日本で出してくれないか」という依頼だった。
「バリからだって出せるでしょ」というと、「インドネシアの郵便事情が信頼に値するのかどうかわからないということのほか、バリで会った私のことも書き添えてくれたらありがたい」という。バリから日本への切手代など大した金額ではないから、節約とかケチということではなさそうだから、その役目を引き受けた。その男の願い通り、バリでこの男と会ったいきさつを書いて、絵ハガキに書いてあるローマ字書きの宛先を封筒に書き、絵はがきを同封して投函した。その手紙に対する礼状を送ってきたのが、『アジアを歩く』の著者である深井さんだったというわけだ。
1978年に情報を訂正した『アジアを歩く』第二版が出て、深井さんが送ってくれた。協力者の項に私の名前がある。私の名前が活字になったごく初期のことだ。というわけで、初版を買ったのだが、今手元にあるのは78年の第2版だ。
以上の話を長々としてきたのは、この名著を古本屋はもちろん、インターネット古書店の出品リストでもいまだ見たことがないという話を書きたかったからだ。ガイドブックは私の例もあるように、使ったら誰かにあげるか捨てるので、残ることが少ない。アマゾンで売りだしたら、いくらの値をつけるのか興味があったのだが、出品例を確認したことがない。
ところが、である。今、この文章を書きながら確認したら、ヤフオクに出品したことがあるという情報を得た。入札は25人いたが、いくらで落札されたのかは不明だ。
『アジアを歩く』よりは情報量が圧倒的に少ないにもかかわらず、ネットでの発言が多い奇書が『おまえも来るか中近東』(麿呂湖帆路旅行団、1971)だ。大学生6人が作った自費出版本だが、団長の森本たけし氏がのちに旅行ライターになって、この奇書のことに触れた文章がいくつかあった。森本氏が亡くなって情報はもう更新されないのかと思っていたら、著者グループのひとりが書いたブログを見つけた。
初版1000部の自費出版なのに、私が持っているのが初版出版翌年の1972年の二刷だ。車に積んで売りまくったというから、営業努力の成果だろう。そこそこには売れたのだろうが、1970年代末頃の出版だったらもっと売れただろう。
『おまえも来るか中近東』や『旅の技術 アジア篇』に関して、アジア雑語林の43話と44話で触れている。