1613話 本で床はまだ抜けないが その21

 古い本

 

 重い本の次に浮かんだ蔵書遊びは、古い本トップ10にしようと思ったが、10冊に限定する理由はないので、二十冊ほどにした。東南アジアの歴史に興味があるから、昔に出版された本は比較的持っているのだが、その多くは復刻版や新版だから、いわゆる「古い本」ではない。例えば、『暹羅老安南三國探實記』(岩本千網)は明治30(1897)年が初版だが、私が持っているのは『シャム・ラオス・安南三国探検実記』として102年後の1989年に出版された中公文庫版だ。そういう本はいくらでもある。

 次にあげるのは、復刻ではなく、出版後長い月日が流れたものだが、私が興味を持っているのは現代史なので、古いと言っても、それほど古いわけではない。前回同様、取り出しやすい棚にある本だけで選ぶ。

Fourth Administration Report On The Traffic”(Royal Siamese State Railway)

タイ国鉄の年次報告書。昔はお雇い外国人が経営にあたっていたので、英語の報告書が作成されたのだろう。この4次報告書は、1901年版。バンコクの古本屋で1901,1902,1903年分がそれぞれ350バーツで売られていた。「3冊合計1000バーツ」と店主が言った。当時、日本円にして6000円くらい。それをちょっと値切って、買った。タイ研究者にして鉄道マニアの柿崎一郎さんに「私、持ってますよ」と言ったが、「そうですか、大事に保存してくださいね」と軽くいなされた。おそらく、タイ国鉄で、その手の資料を山ほど見ているのだろう。

南洋遊記』(鶴見祐輔、大日本雄弁会、1917)。著者は有名な政治家。妻愛子は後藤新平の娘。長女は鶴見和子、長男は鶴見俊輔、弟の子が鶴見良行。650ページの堂々たる函入りの本。私の蔵書には、奥付けに「明治」とある本は1冊もない。「大正」とあるのは、この本と次の本の2冊だけかもしれない。どちらも100年前の本だ。

南国見たまヽの記』(田澤震五、文明堂書店、1922)

The Souvenir of The Siamese Kingdom Exhibition at Lumbini Park B.E.2468”という英語のタイトルはついているが、英語とタイ語の両言語で仏歴2468年に開催された博覧会に関する本。バンコクの新刊書店で買ってきて、出版年を調べてみたら仏歴2470とある。西暦1927年だ。復刻かと思ったが、その記述はない。買ったのは1990年代だからといって、店でずっと売れずに残っていたのではなく、版元の倉庫で眠っていた本が売りに出されたのだろう。売価は195バーツ。版元は、博覧会開催委員会。

世界地理風俗体系』(仲摩照久、新光社、1929)

南洋叢書 蘭領東印度』(満鉄東亜経済調査局編、慶応書店、1937)。『シャム』同様、戦前、戦中の東南アジア事情を網羅的に知るには、この南洋叢書が最適だ。昔は清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った高い本だったが、今はかなり安い。

熱帯植物産業写真集』(牧野宗十郎、東京開成館、1938)・・熱帯アジアの料理を知るために、こういう資料を手当たり次第に読むことから始めた。『熱帯有用植物誌』(金平亮三、南洋協会台湾支部)は大正15(1926)年の発行だが、私が持っているのは1977年に沖縄のでいご出版社が復刻したもので、那覇古書店で買った。

南洋叢書 シャム』(満鉄東亜経済調査局編、慶応書店、1938)

暹羅案内』(三井暹羅室、1938)・・これは、日本最初のタイの旅行ガイドブックだろう。何度か増刷されている。

印度・印度支那』(久留島秀三郎、1939)豪華自費出版物。久留島に関しては、147・148話ですでに書いている。

ビルマ印度』(東恩納寛惇大日本雄弁会講談社、1941)・・沖縄人の目で熱帯アジアを見た好著。現在は全集に入っている。

スマトラの苦力』(ルロフス、佐藤新一訳、育成社弘道閣、1941)・・ジャカルタの本屋で、オックスフォードから出ている“Rubber”を買って読んでいたら、すでに読んだことがあるような気がして調べてみたら、日本語で読んでいた『スマトラの苦力』の原書だとわかった。

馬来語大辞典縮刷版』(武富正一、旺文社、1942)。事典的内容もあるので、読んで楽しい。今まで3冊買い、2冊を友人にあげた。

ジャバの生活文化』(H.W.ボンダー、矢吹勝二訳、龍吟社、1942)・・次の3冊とともに、この4冊は東南アジアに住む人々の生活を眺め、調べ、考えた本で、こういう本は私のお手本だからか、残念ながら世間ではほとんど評価されない。ここで紹介している本は、435話で紹介記事を書いている。

南洋の生活記録』(岡野繁藏、錦城出版社、1942)

南方の衣食住』(三吉朋十、朝日新聞社、1942)

東印度の土俗』(三吉朋十、日本公論社、1943)

南への旅客』(サマセツト・モーム、鷲巣尚訳、大東出版社、1943)・・昭和18年にイギリスの小説が出版されていたという事実。

南方周紀』(岡野繁藏、主婦の友社、1944)アジア雑語林447話に岡野の話をちょっと書いた。

1920年代の本だと、「100年前か・・・」と昔日を感じるが、1940年代の出版だと、「私が生まれるたかだか10年前」だから、昔日とは思いたくないが、明らかに昔だな。

 1940年代前半(昭和十年代後半)は、「東南アジアがもうすぐ日本に」という気分だったからだろうが、東南アジアの本がかなり出版されている。『馬来語大辞典』などは、軍部の支援がだいぶあったようだ。満鉄の資料には、行数は少ないが、タイの音楽や食文化に関する記述もある。ところが、終戦後の日本ではアジアを語ることは、植民地・占領地の賛美になる右翼の言説ととらえられるようになり、味気ない経済論文などが主流を占めるようになる。鶴見良行のエッセイに、そういう話が出てくる。